2019年6月15日土曜日

かつて反社会的であったことなど微塵もないⅠ

五芸。
いやさ、自分の世代にとっては四芸。
いいなあ。うん、いいよ。
やはり、なんか特別なイベントではある。われわれにとってはね。

今回も、多くの京芸OB・OGが集まってくれた。他校のOB・OGさん方も
遠くからやってきてくださった。いつもありがたいことだ。
うれしかった。

その後のパーティの模様は後日詳述するとしよう。
とにかく、四芸アフターマッチファンクションに出るからには、自分は
覚悟を決めて出席する。
痛飲、嘔吐、意識混濁、廃人と化すをもってやむなし。
もともと酒には強くないので、というより、現役のころから四芸最終日は
人というより「物体」になってしまってばかりで、現役のうち四回あった
四芸祭の打ち上げの、実は記憶があまりない。
夜で暗いという印象ばかり残っている。

1回生(京都)・・・ドマさんの妹さん(金沢マネージャー)とハグをした。
          母以外の女性とハグしたのは初めてだったので、
          超うれしかった。だから憶えている。

2回生(金沢)・・・東京のマネージャーさんがおっぱいをもませて
          くれると突然宣言!四校プレーヤーが長蛇の列をなす。
          ハマモトも並びたかったが、肩を亜脱臼して痛かった
          のと、よっぱらってしんどくて立ちあがる気力も
          なくなっていたのでもめなかった。後日非常に残念で
          あったのでそこはよく覚えている。

3回生(東京)・・・大浦食堂で飲んだ、というおぼろげな記憶しかない。
          そのまま朝で、帰りの新幹線でずーっと吐いていた。

4回生(愛知)・・・愛知芸大のテラスで飲みだし、金沢チーマネのイズミ
          さんの車で名古屋駅まで運ばれたが、信号待ちで助手席から
          ダイレクトで道に吐いた。そのまま降りてホームレスの
          おっさんの集団の中で寝、翌日帰りの新幹線でずーっと
          吐いていた。
          すべてを失っても、おれはホームレスで生きていける、
          という自信を持ったのもこの日の朝であった。

自分の人生は、こんなものである。厚みもへったくれないな考えてみると。

そして今回。やっぱり自分はへろへろのぺらぺらだった。
オナカさん、ドマさんとのエピソードなんであるが、長くなるんで続く。



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