セイジさん夫人、玲子さんは中国地方、岩国のお生まれだそうである。
夫人の語る郷土愛あふれるお話は、むしろ感動的であった。
岩国の土は、「赤い」のだそうだ。その土から育つ「蓼(たで)」は、大ぶりで
大変刺激が強い。ことわざに「蓼食う虫も好き好き」とあるが、その意味が
よくわかった。鮎料理に欠かせない「たで酢」のイメージとは全く異なる
個性的な野趣があった。昔の日本人が口にしていた蓼とは、まさにこれ
だったのだろう。
そして、夫人の幼い頃、実家の最寄り駅周辺は、一面大きな大きな蓮に
覆われた美しいところだったのだという。
そしてその蓮の花についてこう説明された。
口を閉じたままとがらせ、「ぽ」の形に開けると、小さく「ポン」と鳴る。
蓮の花が開く瞬間、確かにその音がするのだという。なんていい風景だろう。
また、その花の下から採れる蓮根は柔らかく、餅を食べるような食感
なのだそうだ。レンコンのイメージからはかけ離れた話で、実際、関西に
出てきて食べたレンコンに、夫人はびっくりしたそうだ。
そうやって中国は瀬戸内西部地方の訛がうっすら混じる夫人の話は、
大変耳に心地よく、蓮の花のくだりではまるで岩国という土地は
極楽か西方浄土なのではなかろうかとさえ思わされるほどのなごみの
グルーブに満ちていた。
偶然にも自分は夫人と同じく中国地方、鳥取中部は因幡で育った。ただ、
玲子夫人とは違い、山陽瀬戸内ではなく中国山地をはさんだ日本海側、
山陰の地である。
そして、そこの土はおもしろいことに「黒い」。
地元では「黒ぼく」と呼ぶが、岩国の赤い土、因幡の黒い土。個人的に
その対比が興味深かったこともあり、大変面白く過ごさせていただいた。
セイジさんのお宅にお邪魔してである。
上の話は、ナカノくんからお誘いをいただいた集まりでのことだ。
セイジさん宅でのお食事会という、気軽なものでということで。
偲ぶ会としなかったのは、気を遣わせまいとするナカノ君の気遣い
だったのだろう。深読みか。
そのお誘いををPCで見たとき
「あ、セイジさんに呼んでいただけたのだな」
と自然に感じた。
感情的な話になってしまうが
「お前どうしてんねん、たまには顔見せえや。」と、あの懐かしいニヤリ、
とした笑顔で肩をたたかれたような気がした。
ハマモトは、結局セイジさんに不義理ばかりしかつそれをすすぐもことなく
きてしまった。聞けば今回で七回忌になるとのこと。
あらためて自分のおろかさに情けなくなる。自分はお見舞いにも行かず、
お通夜に行っただけでその後、お墓にも参らず、気付けばはや七年、
何一つすることなく過ごしたのだ。
自分から何もせぬまま、挙句の果てに、ついにあちらから誘わせる
という形をとってしまったのだ。
これを失礼といわずしてなんと呼ぶか。
「谷口青児杯に参加しよーねー。」などと、どの口がほざくのか。
ずっとひっかかってきた(さりとてなにをやるでなしなのがまたサイアク)。
今さら謝罪したところで安易な自己完結になるだけなのは目に見えて
いたが、しかしとにかく行って拝ませてもらおうと思った。こういう縁が
めぐってきたのだから。これを逃せば、たぶん何かがずっと
遠ざかってしまう。行かねばならない、とふと思ったのだ。
8月11日、夜のことだった。
長くなるので、つづく。