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2009年9月7日月曜日

National Anthem

試合前の国歌斉唱は感動的である。
歌う側の気持ちの高まりもあいまって、すばらしさもいや増すというものだ。
テレビで見ていると、特にホームゲームであった場合、観客も一緒に歌い、スタジアム全体を
どよもす迫力である。
聴いていると、やはりラテン系の国の歌が「今から戦うぜ!」という感じを盛り上げてくれるようで良い。
そしてまた、サッカーや他の種目よりも、ラグビーチームの歌う国歌が「アツい」。
アイルランドなどでは、国家に加えて、戦いの前に歌うための歌、というものがある。
「Ireland Call」だったか。
ちなみに他にグッと来る歌というと、フランス、イタリア、アルゼンチンが自分にとってはそうなのだが、
中でも自分をして目頭を熱くさせてくれたのが、ポルトガルのそれであった。

前回世界杯がポルトガルにとり初の出場だったと記憶するが、選手達の気持ちの高まりが常軌を
逸していたのでよく憶えている。
「世界杯に出られてうれしい!」「オールブラックス(初戦)と試合ができるなんてすげえ!」という気持ちが
びりっびりに伝わってきていたのである。もちろん選手達、青筋を立て、泣きながら歌っていた。
自分の国とわれにプライドを持つさまが自分の心をわしづかみであった。
you tubeで見ても、毎回笑顔とともに震える。

ところで日本の国歌といわれる歌だが、あれは「これが国歌だ」。といわれたものではないのだそうだ、ふーん。
よく国旗とともに取りざたされるが、どうせなら、なんかこう、かっと気持ちを高めるような新曲を作ってはどうかねと思う。
ゆがんだナショナリズムでなく、自分のルーツや生まれ育った場所に対する誇り、わが気持ちを代弁してくれるような熱い歌を。
いろんな用途のいろんなナショナル・ソングがあっても全然おかしくないと自分は思うのだが・・・。

2009年8月31日月曜日

最近のつらつら

今年も東京で、東のラグビー者、平野ゆり女史と会い、一献かたむけた。
女史と話すと、誰よりも強いラグビーへの愛をひしひしと感じ、背筋ののびる思いがする。
聞いていると、見る側としての思いが新鮮であり、このスポーツの奥深さというものを感じた。
東京芸大のラグビー部とのお付き合いも厚く、機会があれば、我々京都の方にも来て頂きたいと
思う。話をさせていただいた前日には早稲田の監督、石塚武生氏の突然の訃報もあり、
二人でその死を悼んだ。
172センチとは自分とまったく同じ慎重であり、それでもなお日本代表として「タックルマン」
の異名をほしいままにした氏の、その存在は大きいものであったのではないかと思う。残念、
そしてご冥福を。

閑話休題。
またトップリーグが始まる、楽しみである。もちろん日本選手の頑張りも期待大であるが、今年も
来日トップリーガーが気になる。各国現・元代表やスーパー14プレイヤーがうじゃうじゃいる
ではないか。中でもやっぱり元ワラビーズのラーカムのプレーが見られるのがうれしい。
リコーに所属しているが、去年このチームはトップリーグ外であったため試合が見られなかったのだ。190センチという身長ながらやわらかい独特の走りや、ここぞのところでのカットインは、見るものをうならせる。
この選手、ぎりぎりのところまで相手をひきつけてのパスが身上であったので、よく体を痛めていたが、ディフェンス側はさぞやりにくかったろう。タックルに行ってもボールを生かされ、かと言って
捨てると穴を突かれる。いずれにしろボールをデッドにできないのだ。これは守る側にうっとうしい
の一言である。どんな走りで楽しませてくれるかわくわくする。
機会があれば花園に行って観戦したいなあ。

ところで、来日外人選手は、よく「日本に来てすべてが変わった」というようなコメントをしてくれて
うれしいのだが、じゃ、どこが?というのがある。少なくとも二選手においては、あ、なるほど、
というのがあったのだ。
NECグリーンロケッツ、元南ア代表・ヤコー・ファン・デル・ウェストハウゼン選手と、
今年から近鉄(だったかな?)、NZ代表・レオン・マクドナルド選手だ。
彼らがコメントに出すほど変わった所とは。
増えとったのだ。何が?髪が。

自分の気のせいか、来日当初とシーズン終盤で、明らかに増えていた。鈍感な自分が
テレビの画面を見ても、ん?と気づくほどに。
とにかく二選手とも「ふさふさ」になっとった。
頭頂部がきているなあと思っていたのだが、今はそのかけらも無い。最新号のラグビーマガジンを
見たのだが、間違いない。個人的には驚くほどの変化だったぞ。
ここであえて言うなら自分はあげつらって述べているつもりはなく、むしろ喜ばしく思っている。
だっていずれにしろ彼らに髪を増やそうという前向きな気持ちがあったということだし、もしそれが
日本に来るまでできなかったのなら、これほどの変化は無いのではないか。悩みが消えて髪が
生えちゃったよなんてなことなら、さらにうれしいではないか。
いずれにせよ、かれらの、グラウンド風になびく髪を見るたび、自分は少し幸せな気分になるのである。

2009年8月5日水曜日

南ア・豪州・NZ三カ国対抗戦

南ア・豪州・NZ三カ国対抗戦、トライネーションズを見ている。
今日は南ア対NZだった。
けが人が多いNZに対して、南アのゲームメイクが光った。
南アは以前、いやさ今もだが、解説者氏をして「かいなぢから(腕力)」と表現せしめるパワーのチームだった。
戦略「パワーを生かしたFW戦」、戦術「ごりごり」と言っても過言でないスタイルだったので、
見ていて驚くとともに笑ってしまうくらいのものがあった。
それが最近クールである。
以前世界杯で優勝して時そうだったように、言い方はよろしくないが、賢い試合を展開するようになっている。が、今日の試合は荒れあれだった。
両チームともにミスの連続、ボールが止まる。
NZもその展開力が発揮されず、ゲームメイクで勝ったとしても、南アもさんざんだった。
雨のせいとは言えんなあという内容だった。南アの勝ちだった。
そして自分はというと、居眠りしてしまった。ゲームを見ながら。試合がつまらんかったからか、
それともトシのせいか?うーむ。

ぜんっぜん話が変わるが、自分は往生際が悪いのがすきである。
老醜をさらすのもむしろ、それすばらしいですねだ。
役に立たなくなっても参加して迷惑かけたるぞという思いがある。ラグビーでね。
何でそんなことを思うようになってしかも脳に染み付いているのかというと、これにははっきり理由がある。

ジョージ・フォアマンを見たからだ、テレビで。
えらい前なのだが、NHKで彼のドキュメントをやっていて、偶然それを録画した。
作家・沢木耕太郎が、当時45歳にしてヘビー級に舞い戻ったジョージ・フォアマンを追いかけドキュメントする姿をドキュメントする、なんてな内容だった。
ジョージ・フォアマンを知らない人に少し説明を。

元ボクシング世界ヘビー級チャンプであり、かのモハメド・アリことカシアス・クレイと同世代である。
そして紆余曲折の後、アフリカはコンゴ、キンシャサでアリと戦い、追い詰めながらも8ラウンドKOで負ける。
引退後、牧師となり、以来神の道を説く人だった。何でボクサーからいきなり神父にという部分のエピソードも面白いのだが、今はおく。
そんな人が45歳にしてカムバックして、20年ぶりにタイトルを狙うのだ。
本人はその理由を「M・O・N・E・Y」と言っていた。が、フォアマンのジムには、大きなモハメド・アリの肖像がかけられていた。
沢木は「ばらばらになった自我を取り戻そうともがいている」と言っていた。

長くなりそうなので、次回につづくっ。

2009年5月17日日曜日

お引越しアンドルールのこと

シラユこと、OGシラハタさんのお力で、ブログの引越しと相成った。
自分は書き散らすばっかりで何にもしないのが大変恐縮である。
ありがとうございます、シラユ殿。

さて、引越し一発目の記事は、いきなりルール変更のことについてである。
5月13日のIRB理事会においての決定であるとのこと。

「モールの引き倒しが禁止になった。」
まったくこのラグビーっちゅうのは、なんたら流動性の高い競技であろうか。

引き倒せるから押し込まれないことで、ディフェンスがポイントに入らなくなり、攻撃側にすると
人数が余らないからであるという。
攻撃するスペースができないことで展開が悪くなるではないかという声が高かったらしい。
大きなものはそれだけで、他にはおおむね変化は少ない。
しかしこの、昨日の黒が今日の白という状態、きらいではないのだが、感覚を修正するのに
しばらく苦労するのである。
また、戦い方の考えを変えろっちゅうわけやね。

2009年5月14日木曜日

Back to the Neil Back

イングランド代表に、かつてニール・バックという選手がいた。
代表在籍時期は90年代中盤から後半だったか。

身長は、アングロ・サクソン系にしては、またそのころから大型化の一途をたどりだしたラグビー界においては珍しく、178センチであるポジションは、フランカー。
いまでも170センチ台の選手はいるにはいる。ジョージ・グレーガン(豪)、ストリンガー(アイルランド)、シェ−ン・ウィリアムス(ウェールズ)。

彼らはみな172センチである。
これは自分とまったく同じ身長であり、体重もそんなに変わらない。
だが、彼らは共通してバックス、である。

かのニールバックに特筆すべきは、178センチの身長で、FWの、フランカーであったということだ。現在各国の代表選手といえば、190センチ超なんてざらである。

190センチの人と自分が並ぶと、「見上げる」。
はっきり言って、でかい。

それに筋肉をつけて結構なスピードで走り回るのが代表級なのであって、先日の日記に生モートロックを見たと書いたが、彼で192センチ、遠目に見ても、明らかにスケールが違うのだ。

しかも、物理的法則として、体が大きくなるのに比例して筋力が増すのである。
これはどうしようもない。小さい自分がやっとこさつけたパワーも、体が大きいという理由だけで楽に出せてしまうなんて事になるのだ。
不公平という言葉はこの場合当たるまい。しょうがないのだ。

ところがニール選手は、その体格差を乗り越えて激しいプレーを繰り返していた。スクラムの映像なんか見ていると、クマのようなFWたちの中でひときわ小さい。すげーなと思うと同時に。非常に短絡だと自分でも今にして思うのだが。
よし、自分もなんつって考えていた。
ニール・バックがこんだけできているのだから、自分だって。
などと、明確に比較の仕方を間違えているイメージを持ってしまっていたのである。
だってこの選手、タッパは確かにないが、横から見ると体の厚みは自分の倍はあった。腕なんて樫の木の丸太のように強そうである。しかし、小さい自分にとって励みになったのは確かだったのだ。

現在小さいFWというと、同じフランカーで豪州代表ジョージスミス、フィル・ウォーが有名だが、彼らはぎりぎり180センチ。その厚みはまた着ぐるみちゃうかと思うような人間離れしたものなのだが、ニール・バックが引退してから、170センチ台の代表バックローをいまだ見たことがない。

自分は今でも、ニール・バックだってがんばってたじゃないか!
とラグビー以外でも自分を励ますことが多々ある。

そしてイングランド代表と聞くと、ジョニー・ウィルキンソンでも、ローレンス・ダラーリオでもなく、思い出すのは、ニール・バックなのである。

2009年5月11日月曜日

冷や水ってなになに?


OBになると足も軽くなり、引退してから初めて花園に行ったことを憶えている。
そうすると面白いもので、現役のときよりも刺激的なことに出会うものである。

ある日花園に行くと、豪州代表スターリング・モートロックがいた。
妙に骨格のスケールが大きい外人がおるなと思ったらその人だった。
周囲はまったく気づいていておらない。

飛び上がりそうになって話しかけ、握手と写真を頼んだ。
「Sure.」と紳士的に応対してくれた。


閑話休題。

先日の新歓コンパの折、ハガワ君と話した。
「OBはどのへんまで現役のパーティーに顔を出していいものか」
ほほう、なるほど。正直なところ、自分はそんなことちーとも気にしとらなんだ。
自分のスタンスは、お酒が飲めて楽しく過ごせる場には足を運ぶぜ、である。
現役の1回生の頃からそれは変わらない。それにくわえて、自分だけかもしれないが、大学に入ると歳の差というものがあまり関係なく思えてしまい、一回の頃から専攻に関係なく学部をはじめ院生とか卒業生とかの、いろんな飲み会に気軽にお呼ばれしていた。
単に、お酒が飲みたかったのである。何か意味のある会話をしたかなんてまったく記憶していない。
そのノリのまま今まで来ていたので、言われてみて、あ、そうか〜とはじめて考えてみたくらいなのである。

年寄りの冷や水、というが、どのあたりから冷えひえになるのだろう。

あのおっさん、また来とるで、みたいなことには自分もなりたくないのだが、そんな邪魔にもなってないだろうみたいなことを言うと、ハガワ君、
いや、ハマーンは毎回新歓コンパにはいつも話をのたまっていてときた。しかも結構な回数にわたり。
ぜーんぜん記憶にない。酔っ払っていい気になってしゃべっておったのだ。  わちゃあ。

たった今、冷蔵庫から出しました。きんきんの冷えひえな年寄りです。
冷や水もここに極まっていたんである。あー恥ずかしい。これは自分でもショックだ、ちと控えよう。
まあ現役にしてみれば、見られたもんじゃないわな、OBの醜態なんて。ちょっと虚無に襲われた。
しかしよう思い出してみれば、セイジさんだって、かなり後まで現役生だった自分達のコンパに来てくださっていたではないか。あれはうれしかったぞ。
意味合いが全然違うかもしれないのだが、これでいいのではなかろか。
変に気を使って現役と距離を作ってしまうこともあるまい。
結論。
邪魔にならないよう、できるだけ参加させてくだちゃい。
年寄りのぬる水くらいで堪忍したってもらえるとうれしいでちゅ。

とりあえず、もう来んなと言われるまでは参加してみようかと思うのだけど、どうかね?

それが冷や水やーゆうことか。そうか。

2009年2月9日月曜日

ハッパはそんなにいいのかい?

日本代表選手クリスチャン・ロアマヌが大麻吸引の疑いでマイクロソフトカップ決勝に出ていなかった。
試合自体はそのことでかえってチームが結束した感のある東芝府中ブレイブルーパスが勝った。個人的には荒っぽさと上手さの同居する三洋電機が好きなのだが、これも勝負、是非もない。

しかし、やはりこういう悲しいことが起こると、何か盛り上がらない。たとえ疑いが晴れたにせよ、一次審査でクロになったという事実、何がしか灰色の部分が生まれてしまう。しかもここ最近、ラグビー関係で大麻に関する不祥事が続いている。好きでやっているこちらとしてはやりきれない思いだ。
東芝府中は、二次検査の結果によっては部として優勝を返上する意思であるという。ある期間のチームの出場停止もあったりするだろう。夢を抱いてプレーを見る子どももいるという中、その思いを踏みにじるようなことをしては、大人として絶対にいけない。
まだ検査結果が出たわけではないからなんともいえないのだが、残念なことである。

何でかと考えるに、海外と日本における「ハッパ」のありようのズレを考える。プロ選手はいざ知らず、海外にいると「みんな持ってる」事に驚く。
大麻をやる習慣が自分にはないのでわからないのだが、どこで手に入るのかなどは、やっている人には「すぐわかる」のだそうだ。
かつて旅行をしているとき、親の遺産を食いつぶしつつハッパを求めヨーロッパ中を旅をしているという日本人に会った。彼に会ったのはパリだったが、手馴れた感じで紙巻を作り、それこそタバコのように吸っていた。そういう人生もありかと自分は思った。
また、飲み屋(パリの)で友人二人と飲んでいると、その二人が「誰かやってるな」みたいなことを言うので何をだとたずねると。
「マリワナ」という。
何でわかるんだと重ねると「煙の匂いが違うんだ。タバコとはぜんぜん違う。」のだそうで。
ちなみにその店はタバコを吸う人ばっかりで天井近くは白く煙っていたのを記憶しているが、それでもわかるのだという。自分はちーともわからんかった。
ふーんと思っていたが、要するに日本とは違い、向こうでは結構当たり前の現象であって、吸っている人の絶対数も半端ではないのだなというのがわかった。
「文化」になってしまっとる部分もあるのではなかろうか。
そのことを実感したのが約十年前だったから、今最近、それが日本に広がってきたということなのかなとなんとなく思う。
そしてラグビー者はいろんな意味で善良でおおらかな人が多いから、すぐばれるのだ。
まあ笑ってられないことではあるが。

とにかく、悲しいと思ったので。

2009年1月25日日曜日

亀岡は寒かったの巻

くやしい。一週間経ったがまだ悔しい。
亀岡での、対アウルOBとの試合である。

チームとしての実力の開きは正直なところ少なからず感じたが、なぜか「もっとできたはず。」という思いが消えない。
まあ、しょうがない。とか、負けたが気分はさわやか、という気持ちがいまだに湧いてこないのだ。これは相手がどうこうという事ではなく、恐らくは自分たちのほうに由来があるのだと思うのだが。
以下、全く以って自分の私見である。

経験値というものは大きいものだ。なかんずく、自分が属してきた集団のレベルによって、それは左右されていくものだと思う。
だから今回の場合、相手が小学校からの経験者で、伏見工業出身、という状況がくっついてきた場合、京芸の現役と比べた時に先の経験値や体力という部分ではどうしても差が生じるのは致し方ないことと思う。
それに、うちはミスが多く、そのために得点を重ねられた所も多かった。
しかしミスは必ず起きるものであるし、実際京芸は去年よりもいい試合をしていたように思う。みながんばっていた。
しかし、自分にいかんともしがたい気持ちが残るのはなぜなのか。

現役の助っ人で試合に入ると、いつも感じることだし、口にも出してしまうのだが(そのため現役にうるさい思いをさせてしまっているであろうことを申し訳なく思うのだが〉、特に相手に押されているときに何が必要かと言って、元気でもなく声かけでもなく、一発のいいタックルだと思う。

だから自分はつい「低いタックルだ」ということを怒鳴ってしまうのだが、しかし、それをどんなに言ってみたところで、言われた現役にとってみれば現実味のない怒号なのであろうと思う。
話が飛ぶが、「肉体は精神の牢獄」と言ったのはニーチェだったかなかったか。つまり頭で思うように動かない不自由な物が他でもない自分の体なのだということだ。おっそろしく強引な解釈だが。
これをスポーツに当てはめてみれば、いくら練習を積み重ねても、試合のイメージを作っていたとしても、現実の試合で練習どおりの動きはなかなかできるものではない。練習自体の意味は深いが、実戦の感覚は実戦でしか養われないからだ。
頭での理論や考え方ではなく、体で覚えない限り体は動かないのだと思う。

さらにたとえるなら、極端な例ながら、真剣での切り合いがそうだと聞く。
60〜70センチの刀で切り合う場合、相手との距離は驚くほど近い。しかも日本刀の力がもっとも有効なのは、切っ先から鍔元に向かいさらに10cm以上中に入った「ものうち」という部分なのだ。
それで戦おうと思えば、相手の息が自分の顔にかかるほど近くでなければ斬るものも斬れたものではないという。それでも相手の刃を避けて必殺の間合いに飛び込まねばならぬ感覚が、竹刀の稽古で獲得できるものだろうか。

タックルも同じものだろうと思う。大げさかもしれないが。
だからいくら練習しても、またいくら言葉を尽くしても、試合中ばちーんと相手のわき腹に突き刺さる感覚や間合いというのは「やらないとわからない」のだと信じる。

試合中、相手をカチ上げて仰向けに地面にひっくり返すタックルの効果と感覚をわかっている現役がいるかな〜と思う。そして早く知ってほしいし、またそれを体感できる場所は試合中でしかない。
だからつい、試合中現役にきつく言ってしまう自分を感じる。「もっとできるやろ!」思ってしまう。自分自身の経験で言うなら、今より一歩分深く踏み出せさえすれば相手の当たりをぬってナイスタックルが入るのだが。しかし同様に、その一歩に結構な勇気が必要なのもわかる分、現役たちの苦労もわかる気がしている。

よってもって、冒頭に上げた自分の気持ちが出てくる、つまりくやしい。体や経験に関係なく、一歩分の勇気、この場合根性と言ってもいいが、それが出せたら現役はもっといい試合ができるはずなのだ。
また難しいことを言いまくっているが、決して現役を批判しているのではない。ただ、知ってほしいのだ。
特に今回自分たちよりも強いと思われる相手に対して、上のことを試すにはいい機会であったし、それができたら勝てたかもしれないと本気で思っているので、また来年を楽しみにしておこう。
次やるときは勝つにも負けるにも、よし、と思える試合がしたい。


以上、自分のわがまま、私見を終わる。聞き流していただきたい。

2008年12月9日火曜日

根性といふもの・錯誤の現実

早明戦を見ていた。
ゴールキック、2点の差で明治が競り勝った(関東大学リーグでは早稲田が危なげなく勝っていたのだが)。
早稲田の選手たちは呆然としていた。明治の選手は号泣していた。
ワセダキャプテンのさばさばとした表情が印象的であったことよ。

明治は伝統の早明戦、9年ぶりの勝利だという。

自分が現役であった頃は、メイジは「重戦車」と呼ばれていた。圧倒的に強く、伸び悩むワセダをものともしていなかった。
半ば伝説化している北島忠治監督の最晩年にも当たっていた。その死にあたって紫紺のジャージの襟が黒く染め上げられ、異常な強さを発揮して早明戦を制した時期は、自分が3回生辺りの頃ではなかったか。非常に印象に残っているのである。
そのしばらく後に金銭の絡む組織上の問題が発生し(それは明治OBの中でのことだったと記憶している)、そうするとチーム力がしぼむように弱くなったのは不思議だった。そう、実際弱くなってしまったのである。

自分がそんなことを言うのはおこがましいが、弱くなった理由は良くわかるのだ。
なぜOBの問題で直接関係無い現役が弱くなってしまったのか。
それは「信仰」にも似ている。自分が怪我も恐れず体を張るに足る対象、プライド、名前、楽しさ、何でも良い。
そしてその何かが自分たちの中にある限り、人は恐ろしい力を発揮する。怪我をもいとわず当たっていける勇気は、己の体に宿る「信じるに足るもの」から生じるに他ならない。それがあるからこそ、たとえ点差で負けているのがわかっていても、ノーサイドになるまで諦めることなく走ることが出来るのだ。
ところがその「何か」が自分たちの中でほころんでしまったとき、人は魔法にかかったがごとくタックルにいけなくなるのである。足が止まる。
プレーヤー自身に怠慢をしているつもりは無くとも。

もう一つの例としては、帝京大がそうである。部員の不祥事で1年間の試合出場停止の後、長く低迷していたが、今回の関東大学リーグで優勝した。同じことだと思っている。
つまり今回の勝利のための9年間は、明治にとっては、崩れ去った自らの自己同一性を、パズルのように組みなおしていくための年月だったのではなかろうか。帝京にとってもそうだったはずだ。そのパズルの切片一つ一つは、もろく、積み上げるのに必要な努力は半端ではなかったであろう。
衰えるのはあっと言う間だが、再び力を清め高めるのは非常に難しいからだ。
然るに今回ついに明治は勝った。しかもその勝ち方は、「根性」の一字だった。懐かしくさえあるスタイルだったようにも思う。
およそ合理的なものではないが、力の拮抗した戦いは、最後に「気持ち」とか「根性」と呼ばれる抽象的なもので決まっていくように思う。明治大学というチームにはそれがあったのだということに尽きるのではないか。
以上のことを思いつつ試合を見るに、やはり感動した。もちろん早稲田の粘りも含めて。
だから今年の早明戦、ワセダが弱くなったのではない。明治が強くなったのだと言いたい。
そういう意味ではワセダもそうだったし、関東学院はその途中だ(がんばってほしい)。問題が起こった後、良いチームは必ず戻ってくる。今年はその証明を垣間見た思いがしているのだ。


ところで前述の強かった頃の明治の選手で、LOだったが、卒業後新日本プロレスに入り、去年なんかアメリカの超人気プロレス団体、WWEに出場していた人がいる。名前はケンゾー・スズキ。ヒール(悪役)で、芸者のコスプレをした嫁さんといい味を出していた。
強いチームには必ずと言っていいほど個性のとんでもなく「濃い」メンバーがいる。大学選手権を制したメンバーの一人であるが、そのときスズキ選手は紫紺のジャージをタンクトップに切り、両の腕にはテーピングをぐるぐる巻きで、無精ひげに不敵な笑いというスタイルで国立競技場に異彩を放ちつつ立っていた。「絶対北斗の拳を意識してるぞこいつ!」と自分はテレビを前に突っ込んだのも憶えている。
それが後になってプロレスに出てきたときはまあおったまげたもんだ。

2008年11月23日日曜日

強くなったジャパン

国代表同士の戦いでは、しばしば両者の国のプライドのぶつかり合いの様相を呈する。
以前映像で見たアイルランドとイングランドの試合では、会場全体が異様な雰囲気になっていた。
観客は、明らかにラグビー以上の、あるいはそれよりほかの感情を自国チームの選手に重ね、目も血走らせて応援していた。相手国のトライにはブーイングの嵐である。
あからさまに、両国の歴史的背景から来る代理戦争のようなイメージがおのずとあるようであった。

ところで自分には愛国心というものはない。日本人としてのプライドは持っているつもりであるが。またそれを第三者に押し付ける気も皆無である。
そして愛国心と自分のルーツに対する誇りというものは、必ずしも一致しない。これを同種の物として行動の原理にすると、やっかいなことになる。

しかし今夜、日本代表がアメリカ代表に勝った時、うれしかったのはなぜなのか。
自分の生まれた国の名を背負って戦ったチームが勝った時、そしてその相手が米国であった今日、溜飲の下がる思いがあったのはなんだったのか。
不思議なんである。

いろいろな言い方はできよう。
もう10年近く勝っていなかったからか。
単純なところで集団としてのアメリカが嫌いだからか。それとも。
黒船来航から始まる日本人の欧米に対する鬱屈した劣等感を覆す勝利だったからか。
ようわからん。

この気持ちはどういったところから出てくるのか。
確かに熱い試合であったし、両チームとも骨をきしませて戦っていた。以前は諦めを感じつつひやひや試合を見ていたが、今回はほとんどダブルスコアである(米17・日32)。
いやあ、日本代表、つよなった。総合力で米を圧倒していたと思う。ジョン・カーワンの力が大きいのだろう。

外国人ヘッドコーチを採用するようになってから、というよりもJKになってから日本の成長は著しい。思うに、勝つことのイメージを明確に持っている人間が引っ張るから強くなるのだろう。そして、JKが第一回世界杯優勝メンバーであることも重要な点であると思う。頂点を見たものはそこにいたるまでの過程を身をもって知っているだけに、実感と確信を持って選手に教えることができるからだ。
そして、JKは男前である。苦みばしったマスク、192センチの長身にばりっとスーツをまとわせて采配を振るう。どこをどう見てもかっこいい。多分それだけでチームが強くなるなんてこともあるような気がするのである。偏見か?

と、ここまで考えてきたところで気づいた。ヘッドコーチを外国人にして強くなったということは、倒すべき欧米の考え方を導入することでジャパンが強くなったということである。最初に書いた欧米チームに勝って溜飲が下がる思いをしたという気持ちと矛盾しはしまいか。愛国心とか言うものとも相容れないではないか。あれ?
結論。自分は単にジャパンが好きなのである。それが勝って単にうれしいのだ。日本代表が強くなった理由は、カーワン個人の個性によるところが多いのだろう。欧米云々は最初から関係なかったのである。
ばんざーい!
というわけで自分の理屈が無理やり変なところに言っていたという事にはたと気づいた日米戦であった。なんか支離滅裂だな。

2008年10月7日火曜日

冷や水とハイネケン

ハイネケンカップを見ている。
放送時間が朝の7時なので、ビデオ録画である。
このトーナメントの特徴はというと「どろくさい」の一言に尽きる。
もうどこもかしこもアグレッシヴというほかない。

トライネーションズやスーパー14と比べても、いかつさが際立って見えるのはなぜであろう。
北半球ヨーロッパのクラブチーム対抗ではあるが、なんと言うか、荒削りな激しさに満ち満ちており、見ごたえがある。死ぬんちゃうかというような当たりなどが目白押し、すごいプレーも多いが、大ノックオンなど、わかりやすいミスも多い多い。

「大雑把やなあー」
がはじめて見た時の印象であった。

各国のスター選手がいるのも見ものなのだが、やはり各クラブが地元密着型のチームであるため、わざわざ開催地まで地元ファンの大応援団が来ているのが壮観だ。
要するに阪神ファン的熱烈な観客がビール片手に大声援なものだから、会場のテンションは振り切れ寸前といった感なのである。
きっとその辺でも楽しいのだろうなあという気もするが、その勢いに押されてか、選手たちの表情も鬼気迫るものがあり、こちらをうならせてくれる動きを発揮しているように思う。

このあたりのチームは、トライを取るごとにボーナスが支給されると聞いたことがあるから、目の色も変わるわなと言うものなのであろう。
地域的にみても体格のあるノルマン、情熱のラテンの血が濃いところだから、プレー内容にもその遺伝子が影響しているのかもしれない。そう、ノルマンとはヴァイキングや、民族大移動の原動力。ラテンは地中海文明、ローマ帝国の末裔なのだ。エネルギーにおいては恐ろしいものを持っているはずである。
ハイネケンと銘打ってはいるが、そのラグビーの味わいはまさにブランデーやシングル・モルト・ウィスキーのそれに違いない。飲みすぎると悪酔いする類の。


ところで自分は現役の試合、12日のある大学のサークルとの試合に助っ人で呼んでもらった。出たい、出させろと言ってしまったせいもあり恐縮なのだが、最近ラグビーに飢えているのである。許して欲しい。

まあなんちゃらの冷や水といえばこういったことを言うのだろうなと思いながら、楽しみにしてしまっている自分がいる。試合を楽しみたい。

2008年9月20日土曜日

回復

パソコンの調子が悪く、日記がかけない状態になっていた。回復しました。

トップリーグを見ている。
新しい選手も入り、楽しく見ている。個人的には、元豪州代表SHグレーガン、元NZ代表ルーベン・ソーンの動きが楽しみだ。
ほかにも世界最高のSOといわれた元豪州代表ラーカムもいるのだが、こちらはチーム(リコー)がトップリーグから外れてしまったのでTV放送がない。残念である。
最近本当に世界のすごい選手が日本に来てくれてうれしい。ミーハーである自分としてはとても満足なのだ。
だって自分が大学生のころは今の状態が想像できないほど保守的な日本ラグビーだったので、正直驚いているところもあるのだ。

見ていると、三洋電機の試合が面白い。野武士という別名に恥じず、めちゃめちゃアグレッシヴなのだが、相手チームもそのエネルギーに引かれてか、がんがん動きがよくなるように見える。
結果いい試合を展開してくれるように思われ、さすがチャンピョンチームだなあと感心しているのだ。そしてやはりSOトニー・ブラウンのゲームメイクが目からうろこの落ちる思いなのだけれど、今現在これほどチームになじんでいる外国選手もいないのではないかと思ったりする。

これは持論だが、強いチームというのは個性が強く、みなキャラクターが立っている。漫画を見ているような感じもする。「アストロ球団」のような。
いろんな意味で楽しいチームが、やはり強いチームになっているような気がするのだが、どないなものだろう。
各チームがトップになるとき、そのときそのときでやはり上のことが当てはまるように思う。今年はさて、どこが面白いチームになっていくのか。

2008年7月1日火曜日

遺伝子、あるいは血のシャウト

パシフィック・シックスネーションズ・カップが開催されている。
ニュージーランド・マオリ代表チームについて。

ネイティヴNZ,マオリ族の血を引くプレーヤーの中での代表ということであるが、彼らも試合前にはウォークライ、ハカを踊る。
というよりも、NZの代表チームは必ずチームのハカを持っている。アメフト、アイスホッケー、バスケット、車椅子ラグビーの代表「ホイール・ブラックス」も、パラリンピックの試合で行っていた。
果ては軍隊にさえある。ユーチューブで探すとたくさんでてくる。面白い。

ところでNZマオリのハカはというと、よく目にする「カマテ」とはちがう。それはより野性的なプリミティヴな印象で、ああ、戦いの踊りだ。と思わせてくれるものだ。
「ティマタンガ」という名のハカなのだが、その気合の入り方が尋常ではない。映像を持ってくる技術が自分にはないので、見たい方はユーチューブで「NewZealand Maori」と打ち込んで探して欲しい。

そう言ったものが好きなので試合とともに見ていたら、ハカの真似ができるようになってしまった。それもトンガ以外、サモアの「シバタウ」、フィジーの「チビ」、NZの「カマテ」「カパ・オ・パンゴ」そして「ティマタンガ」。
全部型を憶えてしまった、一体ラグビーの何を見てけつかるのか自分は。

いやしかし、へこんだときとかにこっそりやると、ちょっと元気になるのである。ハカに癒されているわけだが、いや、勘弁してほしい。

以下蛇足ながら。
本来ハカというものは、戦いの踊り=ウォークライとは呼ばれているが、そのほとんどは歓喜や歓迎を意味するものなのだそうである。威嚇をしつつもようこそといっているのだ。そしてラグビーの試合で踊られるようになった理由も、曰く。「客寄せ」のためだったのだということ。
しかしまあそれを差し引いても、ティマタンガは戦士の踊りという感じがするし、何せカッコイイ。遺伝学的にも日本人と南太平洋の人々のルーツは近いか同じだという説もあることだし、自分が時たま一人ハカに打ち興じるのも許されていいはずなのだ。


環太平洋6ヶ国対抗において、日本は負けが込んで入るのだが、しかし強くなっているのが嬉しい。以前のような笑ってしまうような大差にはもうならず、試合でも今回言ったNZマオリ代表にしっかり喰らいついていた。ミスは目立つが、確実に実力をつけている印象である。
どんな理由はあれ、トンガに勝ち、他の負けた試合でも堂々渡り合っているあたり、ジョン・カーワン監督のなせる業に舌を巻いてしまう。
次回世界杯がまた楽しみなのだ。

2008年6月3日火曜日

ケイマン諸島の闘球士

現在、世界各地で次回世界杯のための地区予選が始まりつつある。
前哨戦はすでに開始されているのかと感心した。

その中にあって。
ケイマン諸島の代表選手として、一人の猛者が紹介されていた。
59歳(!)にして現役のテストマッチプレイヤーがいたのだ。ちょっと信じられなかった。
もちろん世界中見ても現役最年長である。ポジションは現在プロップ、普段は大工さんをしているのだとのこと。
ケイマン諸島という場所は住民の入れ替わりが早く、腰を据えて住むものが多くないのだとかで、いきおいプレーヤーも居つかない。30年間そこに住むかの選手は、過去すべての歴代ケイマン諸島代表に顔を連ねているそうだ。

「他にメンバーがいないもんだから、またやってくれと言われ続けてこのざまさ。一体いつになったら引退できるのかねえ。」

と、試合で作った青タンを顔に貼り付け、嬉しそうにコメントされていたのが印象的だった。だがしかしこの顔、絶対やめる気などないはずだと思った。
繰り返すが、もうすぐ還暦、初老の人なのだ。

いやー、やりゃあできるもんである。OBというかいまだ現役の定年還暦選手。字だけで見るとよく意味がわからない。そのぐらいすごいんだと思うが、これほどOBたる自分に夢を与えてくれたニュースは久しぶりに見た。
だって他のどんな団体スポーツにおいても、60歳になんなんとしている人間が、ある国の代表選手であり得ているなどと言う事実はラグビー以外にないのではないか。
乗馬や競輪、アーチェリーなどでは還暦近い選手はいるが、あくまで個人プレーの範囲の中でしかないのではないか。

やはりラグビーは懐のがいな(鳥取弁・大きい)スポーツなのだと再認識した。

言い換えれば、そういった魔法のような状況も事実として許容することのできる不思議なスポーツなのだろう。いずれにしろ、こういう選手の存在は、ラグビーと言うものを考える上で非常に意義深いものであると思う。

とりあえず自分は元気を与えられた。
60歳まではがんばろうとさっき決めた次第です。

2008年2月28日木曜日

新しいルール2

前回書いた記事ではぜんぜん足りず、実はこんなに変更があった。
ご一読願いたい。
毎年こうもルールが変るスポーツというのも珍しい。
しかしますます走らんければならぬようである。恐ろしい。

1. タッチジャッジもオフサイドの判定を積極的に行う。

2. コーナーポストとタッチインゴールポストはラインから2メートル離して立てる。

3.22mラインより手前でボールを受けた守備側のプレーヤーが、ボールを22mライン内側にボールをパスまたは、置いたり、持ち込んだりして、その後、キックし、そのボールが直接タッチに出た場合、ダイレクトタッチになる。但し、相手によってタックルされたり、ラック、モールが出来たり、相手によってボールがプレーされた後、守備側がボールを蹴り、直接タッチに出た場合は、出た地点でのラインアウトとなる。

4. クイックスローインはラインオブタッチに並行か、自陣寄りに曲がって投げても良い。

5. ピールオフをするラインアウト前方の選手は、スロアーの手からボールが離れたらすぐに動ける。

6. ラインアウトのレシーバーはラインアウトから必ず2m離れること。

7. 投入しない側のラインアウトのスロアーはタッチと5mラインの間に必ずしも立たなくてよい。

8. ラインアウトは2名以上なら人数規制はない。ラインアウトに何人並んでも反則にはならない。

9. プレグリップを認める。

10. ラインアウトでノットストレートが起きた場合、反則をしなかったチームがラインアウトかFKによって競技を再開する。

11. ブレイクダウンに参加するプレーヤーは必ずゲートを通ること。適用をより厳しく。

12. タックルが成立した瞬間にオフサイドラインが形成される。このラインはゴールラインに並行で、タックルを構成したプレーヤーの最後尾。

14. タックルされたプレーヤーは必ず直ちにボールをプレーしなければならない。寝ているプレーヤーはこれを妨げてはいけない。

15. ブレイクダウンでボールに働きかけるプレーヤーは、必ず立っていなければならない。

16. ブレイクダウンでアンプレイアブルになった場合、コンタクトしたときにボールを持っていなかったサイドがFKを得る。 もしキックされたボールを直接捕り、すぐにタックルが起きてアンプレイアブルになった際は、キックを受けたサイドがFKを得る。

17. ブレイクダウンでのPKは以下のケースに限る(但し危険な行為は除く)。
A−ゲートをくぐらずに参加。
B−自陣側のブレイクダウン最後尾よりも前の位置からの働きかけによるオフサイド(ラインオフサイド)。
C−地面にいるプレーヤーがボールに働きかけること。

20. 繰り返しの反則についての処理は現在の通りの適用。

21. 全てのFKでスクラム選択が出来る。

22. 危険なプレーに対して寛容であってはならない(例・ブレイクダウンを越えての飛び込み)。

23. ハーフがボールに両手を置くまでは、他のプレーヤーはハーフバックに触ってはならない。

24. 守備側はモールを崩すことが出来る。

25. モールに参加するプレーヤーは必ずゲートを通ること。より厳しく適用。

26. モールがアンプレイアブルになった際には、モール開始時にボールを保持していなかったチームのFK。

27. トラック・トレーラーは反則ではなくなる。

28. スクラムに参加していないプレーヤー(ハーフは除く)のオフサイドラインは、スクラムの最後尾から5m下がった地点。

29. 全ての反則における裁定は、オフサイド、オフザゲート、危険なプレー以外はすべてFK。

2008年2月20日水曜日

新しいルール

南半球三カ国クラブリーグ・スーパー14が開幕している。
試験的に新しいルールが導入されているとのこと。曰く。

・スクラムのオフサイドラインが5メートル下げられる。

・意図的に22メーターラインより後ろに下がってのダイレクトタッチを認めない。
(ボールキャリアーが自分で持ち込んで、ラインより下がってのキック等)

・オフサイドや危険なプレー以外での反則はすべてフリーキックとなる

以上の三点である。

これによって予測できる動きはというと。
運動量がさらに増えるのである。これはキビシイ。
まずオフサイドラインが下げられれば、ボールにたどり着くまでの距離が伸びる。
22ライン内からのダイレクトがないとなると、バウンドキックか走るかしかない、バッキングランが増える。フリーキックが増えるなら、速攻か奥に蹴り込んでプレッシャー、どの道走る距離はいや増すのである。

速くエキサイティングな攻防にはなるのだろうが、選手はたまらんなと思う。
ゲームがぜんぜん切れなくなるではないか。
タッチキックでほっと一息、休憩がてらにゆっくりポイントに集まるというFWのリズムもほとんどなくなるということだ。ランニングラグビーとはよく言ったものである、PRなんかどうすんだ。

これはわれわれOBに死ねと言っている様なものではないか、
ついついでてくる「やべーなこれやべーな。」という浮ついた台詞。

日本にこの新ルールが入ってくるならおそらく来年以降なのだろうが、ほんまに少し走っていないと試合にならなくなるのではなかろか。この間OBで練習をしたいなあなんて言っていたが、これは必要かもしれない。

またオフサイドラインが下げられるなら相手が走りこんでくる距離も伸びるということだから、身体のぶつかる勢いも増すということを意味する、怪我が怖いな、う〜ん要筋トレ。

年々タイトおよびハードになっていくように感じるラグビーである。
見ていると、スーパー14の選手達は浅くラインを引き、がんがん突っ込んでいた。
ディフェンスもばちばちであった、こわ〜。

2008年1月29日火曜日

ラグビーをしたくなる病気

花園でこたつシートを予約し、そこでの模様をレポートするつもりであったが、当日は寒さに加えて雨であった。子どもをつれて無理して見に行くのもなあと思い、措かせてもらった。

最近は海外のものすごい選手がトップリーグに出てくれるのでうれしい。
思わずため息の漏れるような正確なキックや笑ってしまうぐらいすごい走りを毎回見せてくれる。眼福である。また来期には元ワラビーズSO・スティーブン・ラーカムがリコーに入ってくるそうで、これも早く見てみたい。こういう人たちのプレーはホンマにすごいのだろうなあ。
そういえば、二年程前に花園に行ったとき、観客席に唐突にオーストラリア代表WTB・スターリング・モートロックがいてたまげた覚えがある。
周囲の人は気づかない様子だったが、身長192センチある外人選手がいて目立たぬはずがない。
もっけのさいわい、話し掛けた。

「何で日本にいるのです?」

「・・・観光です。」

後で聞くと神戸製鋼からオファーを受けていたらしいのだが、とにかくでかかった。
骨格からして少し違っていたような気がする。
普通の人間のシルエットを拡大コピーしたようなといえばよいだろうか。

そらオーストラリアの代表にもなれるわと納得した。

そんなことはさておき、がんばっている選手達を見ているに、じぶんもうずうずと体を動かしたくなってしまう。練習でも何でもいいからラグビーをしたくなってしまう自分に気づいてしまうのである。
一月の試合で前日に練習をしたのだが、個人的には楽しく過ごせた。そう、何が言いたいのかというと、呼びかけて集まるようなら、長い間OBの中でも言われているように、OBの練習というやつを本格的に始動できないかなあ・・・。どうかなあ・・・。と思っているのである。あくまで、あくまで個人的にではあるのだが。

単に自分の「ラグビーしたい」という希望を満たしたいがためのわがままなのであるが、せめてOB戦の前とかねえ・・・、どうかなあ・・・。

なんにせよ、ラグビーをしたくなる病気に見舞われている今日この頃なわけで。

2007年12月3日月曜日

ハナゾノ

そろそろまたハナゾノのシーズンである。

日本と言う国の中で今ひとつマイナーな部類に入るのではないかと思われるスポーツだが、87回を数えるそうで、まあ約100年、実は甲子園よりも歴史は長いのだ。まさに三つ子の魂百までを地で行っていると言ってよい。

高校生たちのプレーで何がすごいと言って、その気持ちの高まりである。

タックル一つを取ってみても、守る物の全くない胸のすくような行きっぷりを見せてくれる。地面と平行になってぶち当たる姿を見ると、思わずこちらもうなってしまうと言うものだ。意識の高さのなせる業と言うほかないが(単純におバカさんと読呼んでも良いのかどうか)、逆に心が萎えるとえらい負け方をしてしまうのも事実なわけで、その辺りも潔くてよろしいと思えてしまうのである。

話は飛ぶが毎年五月辺りに、九州は福岡の地でサニックスと言う会社が主催する高校生のワールドカップ的な大会が開かれている、サニックスカップだったかな?。

日本の強豪十校弱、NZ、豪州、サモア、仏、英、韓国、南アその他からの出場があるが、試合を見ていると、高校生ながら世界の強豪相手に日本のチームも負けていないのに驚く。サモアや仏、英相手に勝ってしまうのである。将来プレミアシップやスーパー14に行く予定のでかい選手と堂々タメをはっているのだ。

これが大人の世界杯となるとなぜあんなに差がつくのか不思議になるのだが、やはり彼らを取り巻く環境に大きな開きがあるというものなのだろう。

あ、日本の高校生すげえがな。と冗談でなく思えるのにである。


自分はラグビー歴を大学からスタートさせた。
それ以前は柔道一本槍であって、団体行動が苦手であるので、チームプレーと言うものに気後れと嫌悪を抱いてさえいた。柔道にも団体戦と言うものはあるが、個人戦の寄せ集めに近いので、あまりチームの感覚がない。

家でテレビを見ていても、ラグビーをやってなんかいればすぐにチャンネルを変えていたクチなのである。思えば殺伐とした高校生だったなあと思い返してしまうわけだが、自分の母校のある鳥取県には、高校ラグビー部が4つしかない。全敗しても4強入りと言うギャグのような構図になっており、いつの話だか、代表決定戦で同点になったときには勝敗をじゃんけんで決めたことさえあるという。
この一事をもってしても、自分の育った地方ののどかさを分かっていただけると思う。ああ田園。

その鳥取県にあり、去年に続きわが母校が花園に出場を決めた。

自分の時代にはラグビー部に入ると言うことは、大学浪人をすると宣言するのと同じことだと言われていたが(大学センター試験の追い込みが花園の時期と重なるため)、ようするにそんなことを言う雰囲気の学校のラグビー部なんである。
だから花園の予選においても、かつての日本対NZのように、百何十点をとられて負ける。
返って気持ちの良いほどけちょんけちょんにやられる。
しょうがないのだが、なんとなく気になってしまう自分もいるのである。

さて今年はどんな試合をわが母校、鳥取県立倉吉東高等学校はみせてくれるのか。

高1の頃、一度誘われつつも入部を断ったあのラグビー部に、
複雑な思いとともに小さな期待をそっと寄せている自分がいる。

2007年11月26日月曜日

宝ヶ池

年明けの1月6日、京都宝ヶ池ラグビー場にて「谷口青児杯」が開催される。

自分はもちろん参加するつもりであり、加えて非常に楽しみでもある。
セイジさんの記念という意味ももちろんだが、その試合場自体が良いせいもあるからだ。

というのは、宝ヶ池ラグビー場、数年前に全面人工芝になり、国際試合もできるほど良いフィールドになっているのだ。「芝である」ということへの喜びは、その身を土グラウンドで削ってきたラガーマンにしか分からないであろう。だって転んでも痛くないんだもん、の一言なのだ。

ラグビーは痛いスポーツで、その痛みの二大要因は当たる、転ぶなわけで、その要素の一つが減るだけで、試合への集中度は俄然変わる。いや、痛いことに変わりはないし、怪我だってするのだが、しかしこけても痛くないねん。という気持ちの余裕はかなり大きいはずだ。

ここの所の機微は、やったことのない人には理解の難しいところであろうし、その部分をもってラグビーのマニアックさを語れてしまうのも事実。とにかく言いたいのは、芝グラウンドで試合するプレーヤーはちょっと嬉しそう、なのである。

クラブチームに所属していると外国人選手と試合する機会が多くなる。
あるニュージーランド出身の選手が土グランドを見て言っていた。
このグラウンドは作りかけなのかい?と。

違うというと、驚きとともにあり得ないと言った。
母国NZでは、少なくとも試合で土グラウンドなどアンビリーバブルなのだそうだ。
そう、我われ日本人草ラガーメンは、非常識なラグビーを日夜行っているわけだ。
そのNZのブラザーは、芝グラウンド(クラブチームでも芝グラウンドでの試合は多くない)での試合のとき、笑いながら走っていた、何をかいわんやである。

そういったわけで宝ヶ池人工芝グラウンド、
二度ほどそこで試合をしたが最高のコケごこちである。

来年1月6日、京芸OBみんなでこけつまろびつ楽しみたい。

2007年11月13日火曜日

こたつ

粋な計らいもあったものである。
花園ラグビー場の予約制観覧席に「こたつ席」なるものができているそうだ。
花園球技場のHPを見るとその画像があったが、そのまんまこたつであった。

見るとプレス席の上の段にこたつが三台、どんなもんだとばかりに置いてある。
ご丁寧に紅白の幕まで張ってあるではないか。ああ、関西の感覚だなあと思った。

ひねりのないことこの上ないが、しかしこれは嬉しい。
冬場のラグビー観戦ははっきり言って寒い。
たまらん寒い。

子どもも小さいしちょっと・・・と二の足を踏んでいたのだが、これなら安心である。
家族でこたつを囲んで、アットホームな心持でラグビーを「生」観戦。
贅沢なのか庶民的なのかよくわからんが。

と言うわけで、珍しいもの見たさもあり予約を入れてしまった。
うどんとラグビーまん、ワンドリンクつきなのだそうだ(ラグビーまんとは肉まんが楕円形になっただけのしろものであり、味はどうしようもなく肉まんである。菅平のラガーめんとまったく同じ発想なのがむしろほほえましい)。

いや楽しみ楽しみ。
ちなみに見るのはサントリー対クボタ、
こたつであるがふきさらしなんてところ、こういう大雑把さもまたよし。