2009年9月3日木曜日

こら苦手晩夏

別の日記でも同じ記事を書いたが、皆さん同じ思いであると思うのでまったくのコピーで載せました。


駅の出口で画像のようなものをもらったのですが、どうしましょう。2980円で遊び放題とか。
歩いているとついこんな風にもらうのを断れない自分です。ティッシュとかね。

こういうお店はあれですね、着飾った姉さん方が隣に座ってお話の相手をしてくれるというものなのでしょう。
しかし自分には、こういうのはトラウマに近いしんどさが伴うのですね、要するに行きたくないです。別にきれいな人もお酒もきらいじゃないのですが。
学生の頃、下宿しとった頃、飲むといえば大学のアトリエとかラグビー部員の下宿部屋で、発泡酒といいちこを痛飲するぐらいのもんだったので、もちろん合コンなんてものは今までしたことが無く、金のかかる店にはほとんど行っておりませんでした。

しかし二十歳もならん頃、実家に帰った折、わが柔道の師に連れられて鳥取県の場末のスナックに入ったことがあります。
尊敬する師は若いお姉さんの手を握って口説きだし、あっけにとられている自分のとなりで自分と同世代の姉さんがいそいそと水割りを作ってくれているという絵・・・。
強くもないくせにピッチの速い自分は、何杯もママさんに水割りを作らせることになっており、ついに耐え切れなくなった自分は、同い年くらいのネエさんに言ってしまいました。

「すいません、僕、手酌でやるんで気にせんといてください。」

汗顔の至り、恥ずかしさも極まれり。
いや、こういう店はこれが全国共通の決まりなんだとは、知らんかったんだ!
ネエさんは、「親切」で自分に水割りをくれていると思っていたのでした。
わきげ、いや若気の至り。
自分を冷ややかに笑うネエさんの顔が今でも思い出され、走って逃げたくなります。
以来、そういったお姉さんお酒店は自分にとっての鬼門なのです。

あと、同じような店で働く同級生と出くわして、ものごっつい気まずさに襲われたり、アイドル崩れの台湾人のおばさまのおも~い話を聞かされたり、この手の飲み屋でいいことのあったためしがないので、自分はいやになってしまいました。
だから自分はこういった店には行きません、つらいのです。
男ばっかりでもいいので、へらへらと飲んでいるのが、自分には合っているかと。

華やかなお姉さん店の前を通ったりするたびに、耳の奥であの台湾人ママの声がフラッシュバックしていけません。
「ワタシ、ニポンにアイドルで来たケド、なーんにもいいことなかったヨ。ぜんぜんだめで、今はこんな田舎のスナックにいて、来年タイワン帰るヨ、ははは~。」

人生!!!

こういう店で働くことが悪いと言っているのではなく、単に自分には合わないというだけのことで。

2009年8月31日月曜日

最近のつらつら

今年も東京で、東のラグビー者、平野ゆり女史と会い、一献かたむけた。
女史と話すと、誰よりも強いラグビーへの愛をひしひしと感じ、背筋ののびる思いがする。
聞いていると、見る側としての思いが新鮮であり、このスポーツの奥深さというものを感じた。
東京芸大のラグビー部とのお付き合いも厚く、機会があれば、我々京都の方にも来て頂きたいと
思う。話をさせていただいた前日には早稲田の監督、石塚武生氏の突然の訃報もあり、
二人でその死を悼んだ。
172センチとは自分とまったく同じ慎重であり、それでもなお日本代表として「タックルマン」
の異名をほしいままにした氏の、その存在は大きいものであったのではないかと思う。残念、
そしてご冥福を。

閑話休題。
またトップリーグが始まる、楽しみである。もちろん日本選手の頑張りも期待大であるが、今年も
来日トップリーガーが気になる。各国現・元代表やスーパー14プレイヤーがうじゃうじゃいる
ではないか。中でもやっぱり元ワラビーズのラーカムのプレーが見られるのがうれしい。
リコーに所属しているが、去年このチームはトップリーグ外であったため試合が見られなかったのだ。190センチという身長ながらやわらかい独特の走りや、ここぞのところでのカットインは、見るものをうならせる。
この選手、ぎりぎりのところまで相手をひきつけてのパスが身上であったので、よく体を痛めていたが、ディフェンス側はさぞやりにくかったろう。タックルに行ってもボールを生かされ、かと言って
捨てると穴を突かれる。いずれにしろボールをデッドにできないのだ。これは守る側にうっとうしい
の一言である。どんな走りで楽しませてくれるかわくわくする。
機会があれば花園に行って観戦したいなあ。

ところで、来日外人選手は、よく「日本に来てすべてが変わった」というようなコメントをしてくれて
うれしいのだが、じゃ、どこが?というのがある。少なくとも二選手においては、あ、なるほど、
というのがあったのだ。
NECグリーンロケッツ、元南ア代表・ヤコー・ファン・デル・ウェストハウゼン選手と、
今年から近鉄(だったかな?)、NZ代表・レオン・マクドナルド選手だ。
彼らがコメントに出すほど変わった所とは。
増えとったのだ。何が?髪が。

自分の気のせいか、来日当初とシーズン終盤で、明らかに増えていた。鈍感な自分が
テレビの画面を見ても、ん?と気づくほどに。
とにかく二選手とも「ふさふさ」になっとった。
頭頂部がきているなあと思っていたのだが、今はそのかけらも無い。最新号のラグビーマガジンを
見たのだが、間違いない。個人的には驚くほどの変化だったぞ。
ここであえて言うなら自分はあげつらって述べているつもりはなく、むしろ喜ばしく思っている。
だっていずれにしろ彼らに髪を増やそうという前向きな気持ちがあったということだし、もしそれが
日本に来るまでできなかったのなら、これほどの変化は無いのではないか。悩みが消えて髪が
生えちゃったよなんてなことなら、さらにうれしいではないか。
いずれにせよ、かれらの、グラウンド風になびく髪を見るたび、自分は少し幸せな気分になるのである。

2009年8月14日金曜日

戦うだけの価値を

個展が終わり、一息つけたので前回の続きを。

45歳にしてカムバックしたフォアマンは、無謀としか思えないヘビー級チャンプへ挑戦した。
タイトルを競う相手は。
マイケル・モーラーという「23歳」・バリバリの選手である。下手をすれば殺されるんじゃ
なかろうかと周囲ではうわさしあった。。
何を考えとんねんということだが、その試合のために、フォアマンはたるんだ体を逆三角に
鍛えなおしてきたのだ。
45歳にしてだ。
ハンパなことではない、なぜそこまでするのか。
かつて追い詰めながら、モハメド・アリに8R・KOで負け、ばらばらにされたあのときの自分を
取り戻すためだったと沢木耕太郎は言うが。
試合の前にアリとフォアマンが話す機会があり、。 アリは「祈っているよ」と言ったいう。
そしてインタビュアーに試合の行方を尋ねられ、彼は「Old man」とだけつぶやいた。

結果は、奇跡とも言えるKOでジョージ・フォアマンが勝つのである。you tube 見てみると、その
試合があった。勝ったフォアマンは、コーナーにひざまづき、天を仰いだ。

理由はどうであれ、彼には全盛をはるかに過ぎた体に鞭打って戦うだけの理由が、確かにあった
はずなのだと思う。おそらく、「このままでは終われない」というものが。
同時に、理由さえあれば、やれるのだとも思った。
自分とジョージ・フォアマンを重ねるなんておこがましい真似はできないが、ラグビーの試合を
するとき、自分はいつもこのエピソードを思い出す。
言い方を変えれば、ええ歳こいたおやじが 未練がましく汗を流し、ぜいぜい言いながら
年下とやり合って勝つのだ。自分はそれが、かっこよく思えてしゃあない。

われわれに十分当てはめてよい。
ラグビーをやる理由としてフォアマンほど強いものがあるわけではもちろんない。
でも、なにやらマネしたくなる魅力があり、忘れられないのである。