先日の追い出しコンパに、最年長OBとして出席した。
正直なところ、若いマネージャーさん、プレーヤーさんの名前があやふやで、
寂寞とした思いに駆られぬこともないが、まあいい。この日は自分の悪癖
であるところの「説教おやじと化す」こともなく、へらへらアホなことを喋って
いられたので、よかった。おそらく、おそらく、現役にも迷惑をかけていない
(はずである)。
できることなら、偉そうなことは一つも言わず、半笑いでにやにやコップを
あおっている人でいつもありたい。
そしてはたと思った。
そう、そうなのだ。試合中にどんなにもめても、納得のいかないプレーが
あっても、そうした試合後のパーティー、アフターマッチファンクションで
なんとなく話したらいいのだ。お酒片手に当事者で、あそこのプレーは
もっとこうして、とか、あの時はごめんね、えへ。とか言ってたらいいのだ。
解決策や答えがでなくても、少なくとも「同じ場にいて口をきく」だけで、
次につながる建設的な気分や何かが生まれるのではなかろうか。
OBのセンターで出場したミキ君と話していた。
今日のOBのよかったところ、改善すべきところ。自然にそんな話になる。
肩肘張らず、へろへろ~んととりとめもなく話すが、お互いにプレースタイルや
ラグビーへの考え方が似ていることがわかった。そうなると面白くなり、
「じゃあ次のOB戦はこれでいこうぜ~。」と作戦まで決めてしまった。
酔いのせいで何を話したのか、細かいところは忘れてしまったのだが。
しかし。
「ああ、これだったら次のOB戦も楽しみだなあ。」
という未来へのあったかーい希望だけは翌日残っているわけで。
んでこれ、すげー建設的。
ビールが回りだしていた頭の奥でぼんやり思っていた。
ラグビーを深く知る人、特に海外のビッグなプレーヤーが、なぜアフター
マッチファンクションにこだわった発言を残すのか、改めてその意味が
わかった気がした。追い出しコンパの場なんだけれど。
やはり「明日のため」なのである。
かつて一度、現役一回生の頃、没収試合を経験した。
あまりに試合が荒れたので、主審に強制的に試合を止められた。
責任は相手にあったのだが、それ以来、まるまる四年間その相手が
嫌いだった。
毎年その相手との試合には、憎悪をエネルギーに走っていた。
そんな試合がはたして良いものなのか。黒い感情をバネにプレー
していた自分は、はたして胸を張ってよいものだったのか。
でも今思えば、それはお互いを知る機会がなかったからで、ひょっと
するともっと分かり合えたのかもしれない。
少しでいい、話す場が用意されるべきだったのかも。
同じ時間と場所を共有する、というそれ自体が大事なのだろうか。
試合はもちろんのこと、飲みの場も。
ならば、下手すりゃ自分の半分の年齢の少年少女たちの飲み会に
自分が出席していても、悪いこたないんだな、うん、そうなんだな、
うんうん。と自分への言い訳にもしていたのも事実ですがね。
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