帰省ラッシュを避けて実家に帰っていた。そこで久しぶりに柔道をし、腰が痛くなってしまった。
自分のラグビーの下地にははっきりと柔道が横たわっている。前にも書いたのだが、そのおかげで怪我をしなかったりして助かっている。
小学3年生のときに、学校の図書館にあった「子ども新聞」に連載していた柔道漫画に感動し、泣きながら親に柔道をさせろと頼んだ。父は野球をさせたがったが、自分はいやだったのである。
元々はいいかげんな性格であったが、あいさつの仕方や所作、基本的な礼儀を学ぶことができた。身体の鍛錬だけで終わらなかったのが今でも嬉しい。ただ、いいかげんなところはそのまま残ってしまい、これはもういかんわとあきらめに入っていたりもするのだが。
そういったこともあり、機会があれば柔道着に腕を通すようにしている。件のオリンピックについても、ちらちらと柔道は見ていた。
そうすると、柔道も変わったなあと思う。自分の師が近代柔道がパワー一辺倒になっていき、美しい型、というものが崩れていくであろうことを嘆いていたのだが、ほんまそうやなあと思ってしまった。
もちろんラグビーのように時代に合わせて刻々と変わっていくべきであるとはいえ、さて、柔道創始者・加納治五郎が今の試合を見たら、どんな思いにかられるであろうかと思う。
特にカラー柔道着とか。
勝敗というのは大事だし、勝てばいいのだというのも大いに理解できるが、ことにそれが個人種目になった場合、それに徹してしまった瞬間人間性が失われて、何より美しさが消える。
ラグビーのような場合、15人で協力した上でこそ「勝ちゃあいい」のであって。
自分の試合運びに美意識のあることこそが大事なように思うのだが。
年寄りくさい意見ではあろうね。
なんてことを思いながら、自分の住む茨木市で市民柔道大会があるらしく、一般の部で出場することにした。
理由の一つはまだ自分の体が動くかどうか試すため。もう一つは上に書いたことを実践できるかどうか試すため。
いやいやいやいや、決してオリンピックに刺激されたからではない。それ自体には全く興味がない。いや本当に。あんなに派手なオープニングセレモニーをする前に、自国の抱える問題をどうにかせいと思っている。
競技自体を取り巻く、あのいかにもいいことやっていますよ的な雰囲気も嫌いなのである。
今回は自分のぼやきのような記事になってしまった。ご容赦願いたい。
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