遺伝子治療なんて言葉を最近よく聞くが、その人の将来的な嗜好、行動パターンなども、生まれる前の段階でいわゆるDNAに記録されているのだそうだ。
運命は自分で切り開くものだというが、ある程度自分の未来は決まってしまっているのだと、上のことから考えられる。また、ある環境の中に長期間生きていると、それに適応した子孫が生まれてくる。寒さに強いとか筋肉質であるとかいった身体的な特徴のほか、情緒的な面でも。
と、いうことは。
まず結論から言ってしまうと、ラガーマンはラグビーをやるべくして生まれ、そのルーツにおいてラグビーを好むような歴史を背負っているのだ。
われわれは母の胎内にいる頃から、もっと言えば精子と卵子の結合の瞬間から、ラグビーを好きになる事が決まっていたのかとそんなことを思うと、そんなあほなと笑ってしまうが、今日はそのことを書きたい。
個人的ながら、ラグビーは大陸的なスポーツだなあと思う。
大勢の人間が入り乱れて戦うという構図は、大陸の遊牧騎馬民族やノルマン人によって繰り広げられた戦の様を髣髴とさせる。いや、これまた妄想なのだが。
大陸的なスポーツとは上のようなもので、では日本(島国)的なスポーツは何だというなら、それは原則一対一のタイマン勝負、といえるだろう。相撲に剣道、柔道、空手。すべて一対一の個人競技である。団体戦もあるにはあるが、プロレスのバトルロイヤルのようには絶対ならない。
かつて日本の歴史の中にあって、スポーツとして集団が入り乱れる種類のものなど、皆無といってよいのではなかろうか。
大陸と島の対比として分かりやすいのが、元安の役、弘安の役に言われる「元寇」における戦の様子であろう。
雲霞のように群れ押し寄せる元軍に向かい、日本の武将が一人で進み出てやあやあ我こそはと名乗りを上げるのだが、お構いなしの元兵に取り囲まれて殺されるという場面が続出したというのである。
集団戦が普通の元軍に対して、一騎打ちという暗黙の様式をもつ日本の武士が不幸にもかち合ってしまったのだ(鎌倉当時の日本の戦では、一騎打ちで勝敗が決められることも普通だったらしい。のどかといえばそうである)。
つまりその根底の部分で、日本という土地風土の中には一対一こそ華というイメージが刻み付けられており、集団戦法というものが下とされる下地があるのではないか。前述の表現を使うのなら、農耕民族のDNAがそうさせているのかもしれない。
ではなぜ今現在われわれは集団的非農耕民族的スポーツのラグビーを愛してたりなんかいるのか。
古代日本人の中にも少なからずいくつかの集団が分かれていた。元々農耕民族でさえなかった。ハヤト、クマソ、エミシと呼ばれた種族に代表される。特に関東に住まっていたある集団は、その平野地形をいかして牧畜もやっていたらしい。小規模な遊牧であろう。勢いその性質は大陸騎馬民族に近いものになっていき、戦いにおける形もそれをいかしたものになっていく、要するに動きが集団戦法になっていくのである。
我ながら強引な論だとは思え、そういった集団が後々武士化していき、あずまえびすとか坂東武者とか呼ばれるものになっていったのではないか。武田信玄で有名な騎馬軍団もその末裔であったに違いない。
その民俗的な環境や歴史は、これも上に書いたように人間の遺伝子に働きかけそれに順応する形質を作り出し固定化ていくには十分なものであったろう。
一対一もよかろうが、大人数でやりあうのが好き、という性質がここに生まれてくるのである。
「血が騒ぐ」というが、まさにわれわれの身体に刻み込まれた記憶が望むものに出くわしたときの、それは言いえて妙な表現であると思う。
だからわれわれがラグビーの試合を見てわくわくするその理由は、
かつて先祖が見、かれらも心躍らせた風景にそれが近いからだというのは飛躍しすぎであろうか。
広い空間に、多くの人間がぶつかり合ってその勝敗を決する。
フィールドといくさ場、展開する動きの本質は全く同じである。
われわれはつまり遺伝子レベルで
「ラグビーおよびラグビー的なもの」が好きなのだといいたかった今日の記事であった。
これにて妄想の暴走を終わります。
でも、ほんとだったら痛快この上ないなあ。
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