先日記事に書かせていただきました東京のドクターラガーマン・
モリカワ氏の所属チームが「関東ドクターズ」ではなく、
「東京ドクターズ」でありました。ここに修正をお伝えさせて
いただきます。
ヒラノ女史と飲みながら話していて、こういう話題になった。
「ラグビー関係者、特にプレーヤーはなぜにすぐ脱ぐのか?」
どこでもそうらしいな。
確かに自分の記憶の中でもラグビー関係者で脱ぐ人は多い。
ある男子校に非常勤で行っていたころ、人物クロッキーをしようと
モデルをつのったら、「自分やります!」とラグビー部の生徒が立ち上がり、
頼みもせんのに全裸になり、モデル台に仁王立ちになった。
周りはヤンヤの大声援だったが、10代のころから既に人前で裸体をさらす
ことに抵抗を覚えなくなってしまうってのは、いったいナンなのだろう。
ラグビーを始めたからといって遺伝子が変異するわけでもなかろうに。
あ、でも精神的な変調はきたすかもな。
斯く言う自分も、不本意ながら、あるいはモノの勢いで人前で脱いで
しまったことはままある。
個人的な意見だが、一般的に言われるような自己愛の果てに「見てほしい」
となるわけではないような気がする。
結論から言うと、これは「文化」だ。
男衆が集まってとりあえず場を盛り上げるには、脱いどきゃなんとかなる
というまことに大雑把な発想だと思われるが、とにかく誰かが始めたのだ。
しかし面識のない場でそんなことをすればひんしゅくの大安売り、何となれば
気分を害するものも出るだろう。下手すりゃ両手が後ろに回る事態になる
のは明白なのであって、「彼らが脱げる場所」とは、ある程度気心の知れた
集団の中であるはずで、それは
「脱いでも安心」
なメンバーの中において可能なのだ(そんなこと気にもしないOBもいるん
だが)。
そうでなけりゃわいせつ物陳列罪の人となんら変わらなくなっちゃうでは
ないか、まあ紙一重ではあるけれども。
しかし、お互いに分かり合っていればいるほど抵抗は無くなっていくわけで
あって、それこそ「ONE FOR ALL ALL FOR ONE」の精神そのままだ。
「あいつの裸は俺たちのため、俺たちはあいつの裸のため」
ほらね。
まず脱ぐことのできる場所、理解してくれるメンツがいてこその裸芸である
わけで、もっというと、脱ぐことによって羞恥心をも超越した、周囲に対する
信頼度の高さを示し確認しあう本能的な儀式行動といってもよいのかも
しれない。
いやほんまに。
そういった土壌が醸されやすいスポーツであると、ラグビーを定義づけても
よいだろうと思う。
それがさらに芸へと昇華していったものが、我々の身近にはある。
「ヨカチン」である。
知っている人は知っている。
「ヨカチン音頭」
東京OB・クサノ大元帥のかますヨカチンはまあ、無形文化財に登録しても
いいものだと思う。
だって全国の豊穣、繁栄をうたう神事においてみたって、歴史の差は
あるが内容に大差はない。
ヨカチンは、言ってみれば男根崇拝の一形態である。かのポンペイが
華やかなりし頃なら、結構馴染んだんじゃなかろうか。
そういや東京藝大の人もよく脱いではった。
チャーリーさんの「ぶるんぶるん」もなつかしい。
で、ヨカチンがなぜ文化なのか。
文化とは、それが発明、醸成され、洗練される歴史というものが必要だ。
ようするに一朝一夕で作られたものではいかんのである。しこうして
自分はその歴史の断片を偶然ながら散見してきた。
例えば。
ラグビーとは無縁の作家・椎名誠の随筆集「玉ねぎフライパン作戦」より。
タイトルもずばり「ああ懐かしのヨカチンおどり」である。
作家がサラリーマンだった頃、社員旅行などの宴会で専務が見せる
「ヨカチン踊り」の良さがとうとうと語られている。ご丁寧に歌詞まで書いて
くれていて、小さな違いはあるがほとんど同じ。これを社員一同で大合唱
であったとのこと。
これが30数年前の話。
これも楕円とは関係ない雑誌「芸術新潮」の、戦没画学生特集号の
中にあった小さな写真。
出征を控えた藝大生の壮行会での集合写真、背後に大きな日の丸が
吊ってあり、出席者の寄せ書きが記してある。不謹慎かもしれないが、
その中にカタカナではっきりと「ヨカチン」の文字があるのだ。
ううむう・・・・、自分はうなった。
60年以上前から確かにあったのだ。
特筆したいのは、ラグビー部に限定しないところでもはっきりと存在し、
連綿と伝わってきているということである。その範囲は東京を中心に
関東一円に根付いているもののようだ。
文化だ、と確信した出来事のもう一つ、びびったことがあった。
うそじゃない。「ヨカパイ」ってものまであるのだ。
自分が大学生の頃、「筋肉番付」というTV番組があって、一般参加の
コーナーの中で見た。
東京女子体育大学の、ソフトボール部、だったと思う。
チームメイトを応援するため、部員がおどっていた。歌詞、リズム
全く同じ。「チン」が「パイ」になっただけ。
さすがに裸ではなかったが、女の子があの歌を歌っているのだ。
その芸の浸透度合いに、自分はむしろ唖然とした。
範囲は狭かろうが、女の子が歌い踊るまでになっているものが、
文化といわずしてなんじゃいな。
そしてさらに厚みを加えるならば、ヨカチンのルーツである。
ここからはハマモトの妄想。
ヨカチンの「ヨカ」は、九州ことばで「良い」を意味する「よか」であろう。
また、裸になるということにおいて、寒い地方では成立が難しいような
気がする。恐らく発祥は南国だったのではないか。あっけらかんとした
印象も、南国風といえばそうである。
ではなぜ東京なのか。関西では見たことのないこの芸。
唐突ながらこの問題、実は明治維新の時代の人の動きと関わりが
あるように思えてならない。
幕府を倒した明治政府は、戊辰戦争の後、京都を飛び越え江戸を
首都「東京」とした。明治政府の主要メンバーはいわゆる「薩閥」
と呼ばれる九州鹿児島・薩摩藩出身の志士が多くを占めていた
という。
そしてそのつながりで、薩摩出身の人間がかなりの数、東京に
住んでいたそうだ。
さて。
もし彼らが帝都東京で、故郷の宴会芸を披露していたのだとしたら。
眉をひそめつつ、それを面白いと感じた東京の人がいたのだとしたら。
そう考えると関東地方でのひろがりが理解できる。少し下って、
大正デモクラシーの頃に一気に拡がったのではないか。
加えてだとすると、ヨカチンの始まりはもっと昔にさかのぼることに
もなる。何せ故郷の宴会芸である。そう考えると、多くの薩摩藩士
たちがヨカチンを知っていたはずなのだ。
始まりは、明治よりも前、江戸時代のどこか。
「ヨカチン音頭・薩摩藩発祥説」
である。
う~ん、文化だ。
まあ確認したこともないので知りようもないが、だが考えてしまう
のだ。
日本最後の内戦、西南の役において、薩摩隼人たちが夜、
自分の陣地でヨカチンを踊り、笑い合っていたのかもしれないと。
そう思ったとき、酒の肴にヨカチンを眺める背筋が、ちょっと
伸びるような気がするのだ。
伸びんか。
断っておくが、自分はシモねたを話したいわけでも、男の裸を
すすんで眺めたいわけでもない。
あくまで「ラグビー関係者の裸=ヨカチン」を、敬意とともに
文化という側面から考察してみただけのことである。
濱本さん、こんにちは。はじめてお便りを差し上げます。ずーっと気になっておりました「ハマーン」のための応援歌を送ろうと考えています。関西大学を本拠とする(自分自身は筑波大学の一期生ですが…)日本ラグビー学会において、2019年総会にて「ラグビー人類学」論文を上梓した山碕敦司=本名 北村敦ともうします。ハマーンのご希望があれば、別便にて資料を送信してみようと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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