国立民俗学博物館、通称みんぱく が好きだ。
ここの世界各国の民俗を観ていると、日本人とは何か、という強い思いにとらわれる。
単純に展示物の造形や発想も十分面白いのだが、しかし。
われわれ日本人のルーツはどこからやってきたのか。
ユーラシア大陸の東端という地理的理由から、北・南・西から移動してきた流れが
集中し、混ざっていくことで日本人が形成されていったようだ。
トゥングース系モンゴロイド、ウラル・アルタイ語族と分類されているそうだが、さて。
北日本の人々には、コーカソイド(白人)の遺伝子を持つ人さえもあるというから、
大雑把な分類でしかくくれないものなのかもしれない。
閑話休題。
みんぱくのオセアニア展示が一新されたのを記念し、その一地域・ニュージーランド
の文化紹介があると聞き、行った。
これは捨て置けない。ネイティヴNZ、マオリの文化に触れるチャンス。目指すは
「生ハカ」である。
いっぺん目の前で見たかったのだ。
会場はみんぱくのエントランスホールに座布団といういい感じのもので、一番前に
陣取って観た。
いやー、良かった。感動した。
今までモニターか遠くからしか見たことがなかったので、願いがかなった。
画像があまりいいのがないが、それは本番中、観るのに集中していたからである。
目の前で見ると、やはりすごい迫力だった。
ついでに、演技の後のワークショップにも参加し、ハカ教室にておなじみ「カマテ」
を習った。
NZ代表・オールブラックスの踊るあれだ。見よう見まねで知ってはいたが、やはり
ちゃんと習っておきたかったもので。習ってどやねんっちゅう話だが、そこはひまな
時に一人で踊って「ほっほ、いい気分。」となるのである。
これもついでに、独特の「モコ」と呼ばれる刺青や、マオリに特徴的な目をむき、
舌を出すゼスチュアの意味をたずねてみた。
モンゴロイド北方移動集団は、シベリアからベーリング海峡を渡り南下、イヌイットや
ネイティヴアメリカンになっていった。
そして、南方移動集団は、実はポリネシア、メラネシア地域などに定着していった
と考えられる。われわれ日本人は、その両方の血を受けているわけだ。
またサモア、トンガ、NZ等のネイティヴには、幼いころ蒙古斑があるのである。
モンゴロイドの特徴で、それはもちろん日本人にもあるわけで、人種的にも近いことが
言われているが、風俗にしてもそれが言える。
3世紀の「魏志・倭人伝」にあるとおり、その時代(縄文)の日本人は「鯨面・文身」の
風習をもっていた。ようするに、全身刺青だらけだったわけだ。それは半端でなく、
全身が真っ黒に見えるほどであったとも。
その名残は、戦前までアイヌ、および沖縄の文化として残っていた。
意味としては魔よけや自分の血脈を表すものだったというが、マオリの「モコ」も
同じだそうだ。
そして目と舌のゼスチュア「フェロ」については、「お前を食べてやる」という威嚇だ
そうだが、ほんとに食べていたらしい。
「敵の力を自分のものにする」ために相手を食べる、という考え方は世界の多くの
部族で確認できるものだというが、漢民族をはじめ、台湾に住まう日本名「高砂族」
と呼ばれる一派も同じような風習をもっていた。
これは妄想なのだが、恐らく古日本人も、同じ「食人」文化を持っていたはずである。
それには自分なりの根拠もあるのだが、それを書き出すと終わらなくなるので今は
措くとして。
かなりはっきりと、文化的・血族的なつながりを見出すのだ。もっと言うと、言語的な
部分でも、母音のはっきりした発音、文法用法で近いものもあるという。
そういった、ルーツを同じうするであろう人々に自分は、親近感を覚えざるを得ない。
どこかわれわれと顔立ちも似、近代化したわれわれが忘れつつある野生的な一面
を伝統として守る彼らは、すでに自分の観念の中では兄弟のように感じている。
そうそう、「ハカ」を観ていると、自分はどうしても相撲の土俵入りを思い出す。
服装から、立ち姿から、自分的には「そっくり」なんであるが、いかがか。
そんなわけはないと?
いやいや、文化には必ずそうなるに至った理由や形があるのではないか。自分は
どこかで力士とマオリのつながりを信じている。
別に文化人類学者ではないが、そんなことを調べ、妄想の中で理論付ける作業は、
趣味としてはたまらん楽しい。



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