帰宅ラッシュ前の阪急茨木市駅改札脇に、若い駅員さんが立ち、
しゃきっと「ありがとうございますっ!」の声をかけている。
あまり速いのでこの一言が1秒もかからない。
それもナイスなタイミング、定期を改札機に入れた瞬間、
「ガシャン」の「ガ」 と同時にびしっと言ってくれる。少し驚いた。
恐らくは上司に言われてやらされているのだろうが、それにしても
機械のような冷徹さ、正確さなのである。
まるで改札行為がスイッチみたいに。
それならばと、定期を入れそうで入れない、を彼の目の前でくり返し、
「あっありありが・あり・ありありあっあっあありがありあり」
なんつってアリの行列かのような「駅員さんジョッキー」 をやって
みたくなったりする。 せんけれども。
実際思ったのは、彼の機械的な挨拶に腹を立てたのではなく、
駅員をわざわざ立たせんでも、そうだったらほんまに 機械に
し、「アリガトウゴザイマシタッ 」と言わせたらよいのに、てなことである。
よもや機械で人様に挨拶とは何ごとかっ!と怒る人もまあいるまい。
でもやはり、いくら機械的であっても、血の通った人間の 方がいい、
ということなら、それはもうほとんど本能的といってよい感覚なの
ではなかろうか。
ま、機械化の予算の問題なんだろうけど。
ただ、ロボットに言われるよりヒトの方が・・・、だろう。
それは、イセエビの一種が長距離の移動の際、普段は単独行動
なのに、いつの間にか数匹が集まって列を作り、海底を歩いて行く
習性を持つ。というレベルに近いように思う。
つまり同種という他者の存在を感じていたいのだ。
一人(一尾)で行き先の決まらぬ旅するのはこの海はあまりに茫漠に
過ぎ、きっと「寂しい」のだ。エビとはいえ、きっと人肌恋しくなる
のだろう(甲殻類で冷血動物だけども )。
断っておくが、一人旅、という言葉があるが、これは現実逃避の
一方法であって、孤独な状態ではない。もちろん、誰かのいる
帰るべき場所があっての話だ。
真の孤独が行き着く先は緩やかな死か自殺、即身成仏くらいな
ものである。
だとするなら、まあほとほと孤独には生きていけない我々万物の霊長
というわけだ。
そうしてみると、感情がこもらないながら、若き駅員さんに少し
感謝の念がぽっとわいた。
同族の声を聞かせてくれてありがとう、他者の存在を知らしめてくれて
サンキュー、と。
おれ、イセエビ?
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