2009年12月28日月曜日

おもひで2

「おまえなあ」
と、セイジさんは言った。
何か言われるのかな、と酔っ払っていた自分は後頭部に残ったわずかな理性でそう思った。
そしてそのときのセイジさんのお顔を、確かに自分は憶えている。とても鮮やかに憶えている。
おまえなあ、の後にセイジさんはなんと仰られたか?

何も言われなかった。
かたむけたグラスを口元に置いたまま、ふと一瞬遠い目になり、少し寂しげに優しく微笑まれた。
ただ、それだけだった。
酔いどれた自分の「今の自分にはラグビーしかない」なんてな大言壮語を、否定も肯定もされなかった。
そして目が覚めると、北星寮の自分の下宿部屋だった。どうやって 帰ってきたかも憶えていない。
二日酔いの頭痛の中、しかし、セイジさんのあの表情だけは印象深く残っていた。
話は、それだけである。

結局自分はセイジさんが何を仰りたかったのか確かめぬまま今に至っている。
要するに、もう永遠にたずねることはできない。何回か機会はあったが、自分はたずねることをしなかった。
 若造が気を吐くあの場面で、大人がたしなめに言うであろう言葉は想像に難くない。しかし、セイジさんは
あえて言わなかった。そして内容を問うことはいまさらナンセンスであると思う。

自分は今、あの時に何も言われなかったセイジさんの優しさを考える。普通なら、ラグビーが全て!
などとと言う「芸大」生徒をたしなめてるか叱るかが妥当な大人の行動である。
しかし、それを飲み込んで口にしなかったセイジさんは恐らく「分かるまでやってみろ」と言ってくれたのだと信じている。分かっておられたのだ、ええ加減にしとけ、というアドヴァイスが鼻息荒いばか者には水をさすことにしかならないことを。
思い出と言うものは美化され昇華され続けていくものである。残ったもののエゴと言っていいものであるかもしれない。
つまり自分のこの思いは誠に自分勝手な解釈であり、セイジさんの本意だったかは皆目分からない。しかし、たしなめられなかった自分は、一時期、本当に思う存分ラグビーに打ち込めた。ある程度自分なりの納得さえもラグビーに対して持つことができた。
そして、表現の制作に帰って来ることができている。
非常に気取った言い方をしてきているが、それができたのは一重にあの時のセイジさんの寂しげな、優しげな笑顔のおかげであると思っているのである。
言葉でよりももっと分かりやすいものを自分に与えてくださった。
その確認も、御礼をも、できずじまいになってしまっている。

あの時セイジさんは何を言いたかったのか、もっと単純な話かもしれない、しかし自分は、あそこで何も言葉のなかったことにセイジさんへの大きな感謝を感じている。そして、同じくらいの後悔も。「セイジさん、何が仰りたかったんですか。」と。

思い出話を終わる。

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