2007年8月24日金曜日

闘球士として

今回のOB通信の中で、現役前キャプテン澤君の、悲痛と言ってよいだろう、訴えを聞いた。
四芸祭を最大の舞台と定めているわれわれにとって、
愛知の行動、態度は怒りというよりも僕は悲しい。

試合場の外ではだれでも当たり前に紳士たるべきとは思う。
しかしラグビーは紳士のスポーツ、などではない。
その本質は集団的戦闘と呼ぶ以外のなにものでもない。
いったんフィールドに入り笛が鳴らされれば、虎のように暴れ回らねばすまぬ類の競技なはずである。そこに紳士という冠詞は当てはまるようには思われぬ。
あえてスポーツの範疇にとどめるなら、戦士の、あるいは騎士のスポーツである。
ただし、戦士、騎士(武士ともいえる)のといったのには理由があり、そういったものであるからこそ、そこには節度と誇りが存在し、守られる何かが出てくるのだと信じている。
ルール、というものである。

それは抽象的な言葉であるが、
「武士道、騎士道」に近いものなのではないかと思う。


実際プレイをしていたわれわれならば、イメージはたやすいだろう。
だから闘球士であることを忘れ、それらのなくなったラグビーなど、ただのどつきあいである。ノーサイドもへったくれもない。お互い動けなくなるまで引っかき殴り合ったらよろしい。

自分の力至らなさを棚に上げていらだちを第三者に(自分のチームのマネージャーにさえ!)ぶつける、などということを二十歳前後の男がやっているならば、それはもう異常であり、そんなことがまかり通る集団と試合をすれば、消耗するのはわれわればかりなわけであって、そんな相手はぐうの音も出なくなるほどやっつけるか、最初から試合をしないかのいずれかしかない。


変えられるものならば、
現役のため、彼ら愛知県芸ラグビー部のため、その方法はないものか。


あるいは四芸のあり方を根本的に考えてみることも必要なのだろうかとふと思った。

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