このブログの記事投稿担当、ハマモト。
特にラグビーに関して、つらつらと書いていこうと思う。
われわれは、三宅先生を知っている。
直接お会いしたことはないが、いわゆるOB若手の自分も知っている。
資料や写真を通してだがそれ以上に、上のOBから聞かされてきた、断片的ながらも魅力的な、その人となりに関する話によるところが大きい。今では自分の頭の中では(それが正しい像を結んでいるかは分からないが)色彩を帯びた映像となって三宅先生が動いてさえいる。
そしていつのまにか、先生の言っておられた言葉が、自分のラグビーをプレイする上でのモットーになってしまっていた。曰く、
「底辺で胸を張れ」
良い言葉だと思う。
繰り返しになるが、僕は三宅先生とはまったく面識がない。直接その薫陶を受けたことももちろんない。
しかし氏の教えは、どこからか知らず吹き込んできたかのように自分の中に堆積していた。奇妙といえばそうというほかない。。
しかしそういう意味において、氏は確かに今も生きておられると言ってしまうのは、飛躍に過ぎるだろうか。
そして、今われわれは、谷口青児という人を知っている。
「セイジさん」とお呼びしたほうが、僕は親しみを持ててよい。
僕は当然のごとく直接この人を見、話もした。酒に酔った姿や、あふれる感情に目を潤ませる生々しい姿も見た。長短ひっくるめて、面白い人であった。
セイジさんについて、もっとよく知るOBも沢山いるはずである。
そしておそらくわれわれは、この人についての話を「ゲンエキ」たちにしていくと思う。多少尾ひれもつけつつ、こんな人がいたのだと、ことあるごと語っていくだろう。また僕よりほかのOBが、僕の知らぬセイジさんの一面を伝えるだろう。
そして、それを聞いたゲンエキたちの中に、セイジさんが息づき始めるのだと思う。
もちろんそれぞれ少しづつ違いはあれ、確かに形作られるはずである。その像は、いつのまにやら彼ら後輩の中で「京芸ラグビー」を語りだすのだ。
僕の中での三宅先生がそうであるように。
いまもセイジさんのよく言っておられた言葉で、後輩に対し仰っていた言葉をおぼえている。
「おれは、お前を見てるで。」
見てくれていただけるなら、それに恥じぬOBでありたいし、そういう人間でありたい。
二人の先輩の名をあげたが、この両氏だけではないだろう。語られるべき先達は多い。OB名簿には、すでに300を越えるメンバーの名があるそうだ。
よく「私たちの中で生きている」ということをいうが、そのひとの記憶を持っているだけなら、それは記憶のままである、記録といっても良い。
しかしそのひとのことをわれわれが言葉で伝えはじめたとき、はじめて話し手と聞き手の中に生き生きと、彼らは個性をもって動き出すのだ。
そして彼らはいろいろな語り口で京芸ラグビーを語り、それ以外のことも教えてくれるだろう。
語られ続けることでこそ彼らは生き続けることができるのである。
だから、僕は話す。
そしてこのブログという便利なものを使い、硬軟とりまぜた話を通して京芸ラグビーというものを育んでいきたい。
なにやらしゃっちょこばった文になってしまったが、気楽にやろうと思う。みなさんのコメント、お待ちしています。
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