このブログを見てくださっていた皆さんにお詫びをしなければいけません。
濱本の大きな勘違いにより、OBの皆さんをはじめ現役の皆さんにも混乱を発生させることになりました。
まず、訂正を以下に明記させていただきます。
※1月6日の谷口青児杯のあり方について
・そもそも試合の主体は現役VSアウルであり、OBのイベントではないこと
・試合メンバーも現役チームが主であり、OBが参加するとすれば当日行ける者が足を運び、現役の手助という形であること
以上二点が本来のあり方でした。
濱本がOB事務局に確認することなく、一方的な独断によって谷口青児杯=OB主体と思い込んでしまったのがそもそもの原因でありました。また、一人鼻息を荒くし、これも前後の見境なく先発メンバーまでを記事としてこのブログに載せてしまった愚を、心よりお詫び申し上げます。
また、そのメンバーに挙げた方々を混乱させ、同時にメンバーに挙げられていなかった方々の気分を損なう状況を作ってしまったことを、加えて深く謝罪申し上げます。
本来上の世代と下の世代のつなぎとならねばならない代の自分が、両方の気持ちを無視する行動をとってしまいましたこと、今回深く反省しております。これを教訓とし、OB会の中での自分の立場、このブログで扱われるべき話の内容を慎重に相談、考慮していきたいと思います。
以上のこともあり、先に載せておりました問題の記事は削除させていただきました。
よろしくご了承ください。
OBブログ担当 濱本裕介
2007年12月29日土曜日
2007年8月8日水曜日
以下、書き綴っていくにあたり
このブログの記事投稿担当、ハマモト。
特にラグビーに関して、つらつらと書いていこうと思う。
われわれは、三宅先生を知っている。
直接お会いしたことはないが、いわゆるOB若手の自分も知っている。
資料や写真を通してだがそれ以上に、上のOBから聞かされてきた、断片的ながらも魅力的な、その人となりに関する話によるところが大きい。今では自分の頭の中では(それが正しい像を結んでいるかは分からないが)色彩を帯びた映像となって三宅先生が動いてさえいる。
そしていつのまにか、先生の言っておられた言葉が、自分のラグビーをプレイする上でのモットーになってしまっていた。曰く、
「底辺で胸を張れ」
良い言葉だと思う。
繰り返しになるが、僕は三宅先生とはまったく面識がない。直接その薫陶を受けたことももちろんない。
しかし氏の教えは、どこからか知らず吹き込んできたかのように自分の中に堆積していた。奇妙といえばそうというほかない。。
しかしそういう意味において、氏は確かに今も生きておられると言ってしまうのは、飛躍に過ぎるだろうか。
そして、今われわれは、谷口青児という人を知っている。
「セイジさん」とお呼びしたほうが、僕は親しみを持ててよい。
僕は当然のごとく直接この人を見、話もした。酒に酔った姿や、あふれる感情に目を潤ませる生々しい姿も見た。長短ひっくるめて、面白い人であった。
セイジさんについて、もっとよく知るOBも沢山いるはずである。
そしておそらくわれわれは、この人についての話を「ゲンエキ」たちにしていくと思う。多少尾ひれもつけつつ、こんな人がいたのだと、ことあるごと語っていくだろう。また僕よりほかのOBが、僕の知らぬセイジさんの一面を伝えるだろう。
そして、それを聞いたゲンエキたちの中に、セイジさんが息づき始めるのだと思う。
もちろんそれぞれ少しづつ違いはあれ、確かに形作られるはずである。その像は、いつのまにやら彼ら後輩の中で「京芸ラグビー」を語りだすのだ。
僕の中での三宅先生がそうであるように。
いまもセイジさんのよく言っておられた言葉で、後輩に対し仰っていた言葉をおぼえている。
「おれは、お前を見てるで。」
見てくれていただけるなら、それに恥じぬOBでありたいし、そういう人間でありたい。
二人の先輩の名をあげたが、この両氏だけではないだろう。語られるべき先達は多い。OB名簿には、すでに300を越えるメンバーの名があるそうだ。
よく「私たちの中で生きている」ということをいうが、そのひとの記憶を持っているだけなら、それは記憶のままである、記録といっても良い。
しかしそのひとのことをわれわれが言葉で伝えはじめたとき、はじめて話し手と聞き手の中に生き生きと、彼らは個性をもって動き出すのだ。
そして彼らはいろいろな語り口で京芸ラグビーを語り、それ以外のことも教えてくれるだろう。
語られ続けることでこそ彼らは生き続けることができるのである。
だから、僕は話す。
そしてこのブログという便利なものを使い、硬軟とりまぜた話を通して京芸ラグビーというものを育んでいきたい。
なにやらしゃっちょこばった文になってしまったが、気楽にやろうと思う。みなさんのコメント、お待ちしています。
特にラグビーに関して、つらつらと書いていこうと思う。
われわれは、三宅先生を知っている。
直接お会いしたことはないが、いわゆるOB若手の自分も知っている。
資料や写真を通してだがそれ以上に、上のOBから聞かされてきた、断片的ながらも魅力的な、その人となりに関する話によるところが大きい。今では自分の頭の中では(それが正しい像を結んでいるかは分からないが)色彩を帯びた映像となって三宅先生が動いてさえいる。
そしていつのまにか、先生の言っておられた言葉が、自分のラグビーをプレイする上でのモットーになってしまっていた。曰く、
「底辺で胸を張れ」
良い言葉だと思う。
繰り返しになるが、僕は三宅先生とはまったく面識がない。直接その薫陶を受けたことももちろんない。
しかし氏の教えは、どこからか知らず吹き込んできたかのように自分の中に堆積していた。奇妙といえばそうというほかない。。
しかしそういう意味において、氏は確かに今も生きておられると言ってしまうのは、飛躍に過ぎるだろうか。
そして、今われわれは、谷口青児という人を知っている。
「セイジさん」とお呼びしたほうが、僕は親しみを持ててよい。
僕は当然のごとく直接この人を見、話もした。酒に酔った姿や、あふれる感情に目を潤ませる生々しい姿も見た。長短ひっくるめて、面白い人であった。
セイジさんについて、もっとよく知るOBも沢山いるはずである。
そしておそらくわれわれは、この人についての話を「ゲンエキ」たちにしていくと思う。多少尾ひれもつけつつ、こんな人がいたのだと、ことあるごと語っていくだろう。また僕よりほかのOBが、僕の知らぬセイジさんの一面を伝えるだろう。
そして、それを聞いたゲンエキたちの中に、セイジさんが息づき始めるのだと思う。
もちろんそれぞれ少しづつ違いはあれ、確かに形作られるはずである。その像は、いつのまにやら彼ら後輩の中で「京芸ラグビー」を語りだすのだ。
僕の中での三宅先生がそうであるように。
いまもセイジさんのよく言っておられた言葉で、後輩に対し仰っていた言葉をおぼえている。
「おれは、お前を見てるで。」
見てくれていただけるなら、それに恥じぬOBでありたいし、そういう人間でありたい。
二人の先輩の名をあげたが、この両氏だけではないだろう。語られるべき先達は多い。OB名簿には、すでに300を越えるメンバーの名があるそうだ。
よく「私たちの中で生きている」ということをいうが、そのひとの記憶を持っているだけなら、それは記憶のままである、記録といっても良い。
しかしそのひとのことをわれわれが言葉で伝えはじめたとき、はじめて話し手と聞き手の中に生き生きと、彼らは個性をもって動き出すのだ。
そして彼らはいろいろな語り口で京芸ラグビーを語り、それ以外のことも教えてくれるだろう。
語られ続けることでこそ彼らは生き続けることができるのである。
だから、僕は話す。
そしてこのブログという便利なものを使い、硬軟とりまぜた話を通して京芸ラグビーというものを育んでいきたい。
なにやらしゃっちょこばった文になってしまったが、気楽にやろうと思う。みなさんのコメント、お待ちしています。
2007年7月25日水曜日
京都芸大ラグビー部OB会のブログ開設!!
ついにみんなが待ちに待った待望のブログを開設できました。
これからはみなさんの様々な情報交換の場としたいので皆さんもコメントをどんどん書き込んでください。
期待しています。
これからはみなさんの様々な情報交換の場としたいので皆さんもコメントをどんどん書き込んでください。
期待しています。
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