2013年6月6日木曜日

スクラムと私

新ルールで、スクラムを組むときの掛け声が変わるとのこと。

旧 「クラウチ、タッチ、セット!」

新 「クラウチ、バインド、セット!」

もうお分かりの通り、「バインド」で、ルースヘッドプロップ、タイトヘッドプロップ同士が
空いている手を組み合った状態にするのだそうだ。
やはり危険回避の意味合いが強いらしいが、まあ、もっともであろう。

以前なんか、「クラウチ、タッチ、ポーズ、エンゲージ!」の四段階だったわけで、
各国選手から「組みにくい」との意見が多かったのだとか。
本当にこの有機的な変動っぷりがラグビーらしいというか、むしろうなずける。
良い方向に積極的に変わっていってほしいものだ。
そう言った意味で、いまだ完成を見ぬ若々しいスポーツなのだなと実感する。

ところで、ユーチューブで、「tonga beats the wallabies 1973」をご一見ありたい。
トンガがオーストラリアに勝利したという記念すべき試合の記録だが、
トンガ15番のタックルがとんでもない。
「突き刺さる」という表現は、まさにこういったプレーを言うのだろう。40年前の
昔、現在の激しさに劣らぬ選手がいたのである。自分はびびった。
画面のフレームの外から一直線に飛んでくるんだもんなあ。

以上、どうぞお知りおきを。

2013年5月5日日曜日

なんでOBチームがおもろいのか

ラグビーは、頭を使うスポーツである。
しかし、バカでもできるスポーツである。

自分は、試合中、脊髄反射でプレーしている。何も考えてない。
でも、走っていられる。
どんな試合でも「勝とうが負けようが必ず一回はビッグプレーをする。」
が最低限の自分のラグビー原理である。
自分はバカであると定義してよい。

ラグビーは、スマートな選手が必要だ。
しかし、バカでも役に立つ。

言葉ではなく、いいプレーを見せてもらったり、したりすることで、
理論を超えた試合の流れっつーものが一変するときがある。
「バカの壁」を超える瞬間が、ラグビーにはある。
だから、自分でも役に立ってるよな、と思えるときがある。

先日、つっても春合宿OB戦の時だが、試合終了間際、自分は
久しぶりに、上記の事でテンションがきゅーっと高まるのを実感した。

ゴール前8メートルでの現役側ペナルティ。
突っ込んでこようとする現役たちに、ゴールラインに居並ぶOBたちは
なんとしたか。
クラウチングスタートで、足首に突き刺さるタックルをかましていた。
そして現役の攻撃を防ぎ切った。
それを見て、「ふ、ふおーっ!!」となった。脳内麻薬が出たねありゃ。
ホンマにOBのプレーかいな、とわっくわくしたのである。

どう防ぐか、どういう選択をするか、でなく。
止めたんねん!というハートの部分をまざまざと見た。
成功失敗に関係なく、こういった心意気をみせられると、どうなるか。
「このチームのために骨でも削っとこか」という気分が自然に生まれるのだ。
これ、自分だけ?

こういう、理論を介さず、直接中枢神経に注入されるような「実感」は、
今の社会ではなかなか得られないように思う。
だからラグビーが好きだし、その感覚を与えてくれるOBチームが面白い。
ぜひ現役のプレーヤーたちにも味わってほしい感覚ではあるのだが、
それが「自分たち次第」にまかされる部分、教えられるものでなし、
歯がゆいところだ。

水木しげるのたまうところの「バカになりなさい」と表現するしかないか。


2013年3月30日土曜日

夢を持てば2

間をおいてしまっている間に、また柔道界関係の問題が明るみに
出とるな。くらーいお金の動きとか。

こういった問題の噴出したチームは、間違いなく弱くなる。
どんなに体を鍛えても、心がついて来なければ実力など出せない。
首脳陣に対して不信感を抱く選手たちが、勝つことなど土台無理な話だ。
なかんづく、その国を代表するアスリートにおいてはなおさらのこと。
多分、しばらく日本柔道は低迷するのだろう。

以前も書いた話なのだが、かつて、1995年世界杯決勝戦で、NZ代表
オールブラックスが僅差で優勝を逃した翌日、NZ本国では体調不良を
うったえて病院に来る子どもが多かったのだという。
つまり、そういうことなのだ。
少なくともその当時、子どもらにとってオールブラックスはヒーロー集団
だったのだ。それが負けたということで、彼らは「がっかり」したのである。
それも心の底から、体調を崩すほどに。
ヒーローが負けるなんて、あってはならないことだったのだ。

この話は、「NZ代表」というものの意味を端的に表している。
単に強いチームでおわっていないのだ。
幾人かの子どもらの夢は「いつかあの漆黒のジャージを着る」ことであり、
その夢を胸にラグビーにいそしんでいる。それだけの価値を見出している。

夢のゴールがオールブラックス。
そのためになら、そらがんばれるだろう。むしろ当然の話といっていい。

元日本代表監督にして元NZ代表の伝説的選手、ジョン・カーワン氏の
インタビューにも書かれている。氏が代表に選ばれた時、先輩から
言われたそうである。
「一度オールブラックになったものは、生涯オールブラックである。」

プレーヤーはもちろん、首脳陣もその意味を理解するからこその
強さって、やはりあるのではなかろうか。
逆に言えば、意味を伴わぬキツさは「しごき」以外の何物でもない。
問題になっている女子柔道の問題はそこにあったのではないか。