2009年10月24日土曜日

肉体は精神の牢獄であるなんつったのはニーチェだったか

かれこれ一ヶ月も記事を書かなんだ。
理由は知らないが記事を書いても投稿できなかったのと、個人的に心が追い詰められる
状態が続いているからだ。主に仕事においてである。

制作もろくにできず、体を動かす時間も削られ、ただただ追い詰められる。なんてなこと
になってくると、非常に心がどんより~としてくる。俺もうこの仕事あかんわという思いが
キングコブラのように頭をもたげてくる。
自分の不手際のせいであるが、しかし、つい先日今までの自分の生き方を全否定されて
しまったところでもあるので、非常に弱っていた。継続的に責められ続け、駄目押しで
つきつけられたことだったので、波状攻撃相乗効果心底にしびびんとささった。
ラグビーのできる余裕と言うものがまったく無かった。
これ以上書いても暗いだけなのでもうよす。

これはもう三線かギターでもかきならして過ごさんとどもならんな、と思っている今日この頃。
ああ楕円球と戯れたし。

2009年9月29日火曜日

こらすごいわ

模範と言うものがある。
「~はこうあるべき。」というゆるぎない基準というべきものといえる。
トップリーグを見ていて本当にそう思うのだが、一言すごいと言うしかない。
リコーブラックラムズのラーカム選手と、三洋電気ワイルドナイツのブラウン選手、両方SOなんだが、すんごい。
なんつうか、プレーがこれでもかというほどにひたむきなんである。
そりゃあセンスとかも耳からこぼれるほどあるんだろうが、そんなことよりも見ていると、彼らのプレー
がひたすら基本動作の延長にちりばめられていることに感動する。もうラグビーの教科書がジャージ着て
走っとるようだ。

相手を釣ってパスをする、その後フォロー。自分のタックルエリアにいる敵に必ずタックルに行き、すぐに起きる。
キックしたら、蹴り返されるのを見越してエリアカバーに向かう。
なによりも、前に一歩ふみ出たタックルを彼らはかましてくれるのだ。
上に書いたことは、言うなれば基本である。これをひたすら冷静に、ハードに繰り返すのだ。
自分はその姿にもう正座でもして応援したくなる。ラグビーというスポーツがどれほど基本への忠実さを
求められるものなのか、この一事でも分かる。
自分は、変に余裕をかましてやってしまっとるなあと改めて反省するのだ。
例えどんな試合でも、自分にできる最大限のパフォーマンスをせんければ、やってる意味が薄れてしまうなあと。
いかん、歳をとったか。
さりながら、ラーカムとブラウン、それぞれ34歳と33歳、くわっ。オレより年上だっ。

がんばろう。

ところで、日本人選手も負けてはいない。上のような意味で、サニックスブルーズのNo8 、西端選手がまたよい。
この人、身長172㎝、96kである。トップリーガーで、しかもNo8だ。タッパだったら自分、ハマモトとおんなじなんである。年齢も同世代。
それが、がんがん走ってボールを動かす。ものすごいフィットネスなんだろうが、自分も頑張らねばと思わせてくれる。

まだまだやれるなあと、ひそかにモチベーションを高める自分なのである。
こんなことで簡単に気持ちの上がる自分は、単純なんだなと頭をかきつつ。

2009年9月15日火曜日

五十周年記念企画会議



13日、日曜日、五十周年記念企画会議が京芸は安井さんの研究室にて行われた。
これで四回目ぐらいだったか。今回のメンバーは、左より
吉田さん・加藤さん・アゲさん・青山さん・安井さん・村上さん、そしてハマモト+子
の総勢7.5人であった。

今回はかなり数字的にも現実味がつき、いよいよ近づいてきたのだなという実感を持った。
人数も、概算では80人を超えるというもので、にぎやかそうで楽しみである。
一つの集団が面子を変えつつも半世紀存続し続けるということは、それだけでそこには歴史が
生まれる。その記念としての集まり、成功させたい。
といっても、自分はというと横から茶々を入れる程度なので、大きいことを言うのもおこがましいのだが。


さて、五十周年記念誌の作成において、今回興味深いことがあったのだが、昔のラグビー
ユニフォームには、ベルトがあった。昔の白黒写真を見ると、皆さんパンツにぎゅっと締めておられる。
ところがこれ、実はベルトではなく(ベルトをしていた人もあったとのことだが)、ネクタイなのだそうだ。
モノクロでは黒に見えてしまうのだが、当時は皆てんてんばらばらに好きなネクタイを締めてくるものだから、
選手達の腰周りは華やかだったらしい。確かにカラフルな風景であったろう。なかなかいいなと思った。
何でも、染色科の女の子がわざわざプレーヤー用のものを作り、プレゼントしてくれたりということもあったのだそう。
ええ話やないか。
いつからネクタイを締める習慣があり、いつからそれが消えたのかは分からないが、個人的にはそういったエピソードは好きである、プレゼントの件も。
恐らくは、各チームのブレザーがあるように、そろいのネクタイもあり、メンバーはジャージとともにそれ
を締めて試合に臨むという風習があったのではないかと思う。
ただいかんせん金のないチームは、各自の自己調達だったはずだ。なんともほほえましい風景ではないか。


そうだ、五十周年記念試合には、自分はそのスタイルでいってみよう。
古ネクタイを腰に締め、クラシック・キョーゲイを気取ってみるのもよいんではなかろか。
あ、なんだか楽しくなってきたぞ。