2010年5月27日木曜日

ナチュラルボーン・シンガー

オリジナリティーという言葉だが、いやはや難しい。
「独自性」というような意味で我々は理解しているはずである。
辞典でちゃんと調べていはいないのだが、個性、という意味合いもあるやろか。
手段は別として、表現するひとびとにとっては大きな意味合いのある言葉ではあろうかなと。

月に一回、ある歌い手のライブに行く。毎回ではないのだが、期日が決まっているので
行けるときは行くことにしている。
17・8ほどの若い人で、名を 「おおたえみり」 という、ピアノ弾き語りのなんつうんだ、
シンガー・ソングライターといえばよいのだろうか。
別に追っかけたり写真撮ったりなんてことはないのだが、あ、おれファンになってるな。
と自覚している。
名前を出してしまっているが、上の名で活動しておられるので、まあ問題なかろう。

ところで、彼女の歌の何が自分を惹きつけるのかと言うと、曲からにじむ、正にそのオリジナリティー
なのである。もちろん自分で作詞、作曲してはるわけで。
恐らく、この人にしか演奏できないであろう曲とコトバなんだろなと毎回感じる。
挙げるなら。

○惚れたハレたを歌わない。
○話が変にでかくない(平和がどうとか言わず、全く自分の輪郭のみ)
○社会に対する疎外感とか問題点などをアジらない。
○かと言って、自分応援歌ではない。

が揃っていて、聞いていて「しんどくならない」のでイイ。
なにより、作りたいものを正直に作っています感がひしひしと伝わってくるので、それが一番
好ましいのだ。そして、その姿勢を見習いたいと思っている。
頭痛がして薬を飲んだときの歌とか、散歩していて近道した時の歌とか、食べたトマトの
気持ちを考えてみたとか、なんだそりゃ、となる時もあるが、そのかざりっけのない歌作りへの
ありようが伝わってきて心地よく、お酒なんか飲みながら聞いているといい塩梅なのである。
ようするに、そういうことなのかなと思う。
売れる売れないに関わらず、評価のありようにこだわることなく、作りたいものを作る。作り続ける。
もちろん売れたいし褒められたいし、そういった気持ちをふまえて作品を出していくわけだが、
それが自分の中で肥大すぎてしまうと、個人的には「しんどなる」。
そういった作品を見るのも聞くのも、また作るのも、やっぱりしんどい。
そのバランス感覚が大事なのかなあ、何つって考えるが、ようわからん。コトバの使い方か、発表の
しかたか、道具とかでコントロールできたりするのだろうか。
言いようによっては、かなりの自己中心主義ともなるのかいな。

したがそういった意味で言っても、この歌うたいは聞きやすい。そんでしっかり毒もある。
しかしメジャー市場はどうだろなーと思ったりしてしまう。ウケにくさはやはりあるかもな。ただまあ、
大衆受けして売れ出して、今の良さが薄まっちゃったら困るなあ、とも。
とりあえずCDが出たら買おうと思っているのだけれど。

ハタから見ると、十代の女性歌手のよさを力説する三十路のおっさんなわけだが、とどのつまりは、
この若い歌い手に入れあげているこの状態を肯定する理由が欲しいのだ。
そしてもう一つ。
オリジナリティーとか独自性、個性なんてものは、出そうとして出るものでなく、好きなことに単純に
取り組み続けることで本人からにじみ出る、樹液みたいなものなのだと、この娘さんのライブを通して
毎月再確認してますという、以上二点を言いたかったのだ。

おおたえみり、あんまりメジャーにならんで欲しいな、なんて勝手な願いを持っちまっている。

2010年5月11日火曜日

ケンかと思っていたらタケシ

 先日の結婚披露宴で初めて知ったのだが、イガワ君の下の名を、自分は今のいままで
「ケン」だと思っていた。
タケシさんだったとは、知らなかったよおとみさん、今の今まで失礼しました。
ちなみにイガワタケシでなくヤマトタケシはレインボーマンの主人公であったな。死ね死ね団
と戦っとったな。

とにかく自分にとってはいきなりの話だったので、驚かぬこともなかった。
いつの間にそんな・・・。と本人からの電話があったとき思った。
しかし先日書いたとおり宴会好きの自分としては、お断りする理由などない。
そしてへたくそながら芸の一つも奉っておきたい。幹事のライメイ君とハガワ君からも
伺っていたので、一つおぼえの端芸の三線の練習をした。

どうせならハッピーな曲が良いとも思い、初挑戦の「りんごの木の下で」をやってみた。
映画「シコふんじゃった」のエンドロールで流れる、おおたか静流のうたう歌である。
「りんご~の木の~したで~、またあ~したあ~いましょ~」のあれだ。
多くの人がどっかで聞いたことがあるかと思うが、ホンワカした良い歌だ。
蛇足ながら、もともとはアメリカの古い歌(日露戦争の頃の作)なのだそうで、それが
昭和10年ごろ入ってきたのだそうだ、これも今回初めて知った。

そのまま歌おうと思っていたが、マアコさんのナイスアドバイスで、「ウルシの木の下で」
にして歌うこととなった。歌詞の中の「りんご」を「うるし」にしただけだが、なるほど、
そうした方が似つかわしい。そのアイデアを頂いたわけである。
つくづく感じるのだが、芸大関係の人のパーティーと言うのは、一般のそれらとは
かなり異質である。
要するに「芸才」が満ち満ちているというか、退屈しないと言うか、そういった場では
必ず誰かが芸を披露している。自分にそういったセンスが少ないので余計に強く感じる
のだが、
「何かを行う行動力(この場合、周囲を楽しませるということ)」
「少々緊張・不安・恥じらいはあれど、何かしたいというその欲求」
そういったものに長けた人々が高密度に集中しているのが我々芸大生(及び卒業生)
なのだと思っている。
それはいわば「異能の集団」と呼んで過言でもなかろう。まあ、事実そうなんだけれども。
自分が現役の頃の芸大祭の準備段階で、先輩たちが嬉々として作る
ハナからテントを使いもしないモルタル製の「二階建て」模擬店とか。
模擬店だかインスタレーションだかよくわからない建造物とか。
あるいは「美女コン」での異様なテンションとか(今はやっていなということで、残念だが)
そういうものを見て自分はほんまに上記の「異能」について思った。

そういったわけで今回のイガワ君の披露宴もその力の一端を幹事連が発揮し、自分も
便乗させていただいたわけだ。
ハガワ君が写真の「アゴターお面」を作ってくれ、それをかぶり自分は演奏したのであるが、
被り物をしての演奏はえらく勝手が違ったのでおぼつかない芸になってしまったのを深く
反省している。この辺でピシッとカッコをつけられないのが現在の自分の芸の限界である。
別にプロになるっていうのではないけれども、なんか悔しいではないか。
あまつさえ新郎イガワ氏から抽選とはいえ、手作りの器まで頂いていてはなおさらである。
この恩にはいつか報いねば!と心に決めた阪急電車の帰り道だった。
よいパーティーでした。幹事の方々、お疲れ様でした。

そしてイガワ君とそのワイフさんにはご多幸を。

2010年5月2日日曜日

ゆるいおっさんになりたくて2

前回、ゆるいおっさんになりたいと書いた。理由はなぜか。
またそうすることでどうして後輩と良い関係を築く事ができるなどと自分は思ってけつかるのか。
いや、理由は単純、自分が接し、この人は、と思う先輩がみなゆるい人たちだからだ。
厳密に言うと、良い意味で、ある部分においてとんでもなくゆるい面を持つ方々ばかりだった
からだ。
要するに、オモチロイのである。繰り返すが、良い意味で。
社会人としてしっかり生活しつつも、たまにこちらがおったまげるような姿を見せてくださる人々。
ご本人は、マジメである。
自分は、そういう人が大好きだ。
そういう人に自分もなりたいと思うのだが、かえりみるに、自分はいかにも中途半端に思え
仕方ない。
いまだ社会人としてどうかという所も甚だおぼつかぬ。なにより、ゆるいふりをしようとしている
自分にてれ臭さを感じてしまっている。これは演じるものではないのだ。
にじみでて魅力に醸し出されるもの、とでも言うのか。そう、酒に似てるかもな。
愛嬌、と言うとかわいいが、それにも似ているだろう。

いわゆる天然とはまた違うだろう。(自分は天然というのは本能的、あるいは無意識的な
「処世術」ではなかろうかと考えている。自己防衛本能の一つのような気もしている。)
かつまた、「ゆるキャラ」などとはまったく趣を異にするものである。
ただ、ここまで言いながら自分の中でも、ゆるさの定義、というものがいまだはっきりして
いないのが現状である。
じゃあ一体なんだんねん。

人に例えてみよう。

学生時代、ヒッチさんに伺った話。
かつて、四条河原町をヒッチさんとセンパイと二人で歩いておられたそうな。
隣を歩く先輩、なぜか殺気のみなぎった眼ですれ違う人を一々ねめつけはる。たまらず
ヒッチさんは尋ねた。
「なんでそんなに周りをにらんではるんですか?」
答えていわく。
「いやな、いつでもタックルにいけるようにすれ違う人でイメトレしてんねん。」
若き日のヤスイさんのお姿。
おそらくこの時分は、ヤスイさん渾身これ楕円形、顕微鏡で見る体細胞はことごとく
ラグビーボールの形であったことだろう。
これ、ゆるさと呼ばずなんとする。
また。
当時北星寮という下宿に住んでいた自分の部屋、夜中の一時ごろに電話があった(携帯電話
など持っていない)。
ワカさんから「ちょっと来えへん?」
そのころ自分はワカさんをよく知らなかったので、「強面のOBさんから呼び出された。」と
おっかなびっくりであった、しかも深夜の一時に突然である。ナカノ君もいた。おじゃましま~すと
上がらせてもらうと。
「うどん食べへん?」
讃岐は香川出身のワカさん、実家から送られたうどんを腹いっぱいいただいた、めちゃくちゃ
うまかった。男三人でうどんを手繰り上げ、ほんまにそれだけで帰った。
ワカさんはお酒をたしなまれないので、食後のお茶を頂いた後、「じゃ。」と終わったものである。
帰り道、ナカノ君と妙にぼーっとしつつ「何だったんだろう・・・。」と話しつつ帰った深夜二時半。
いいなあ、ゆるい。
そして。
自分が一・二回生のころ、二回だけOB戦に来てくださった(数を覚えているのは印象が強烈
すぎて忘れられないからだ)、ニシカワさん。
試合後のコンパ、体育館の前で、酔いもしないのにもろ肌脱ぎになってフリ付きで歌われた
「ドラゴンズ数え歌」。
「も~えよドラゴンズぅ~、いちばん!」
のこの歌をご記憶の方もたくさんおられるはずであると思う。どうしておられるのか気になる
自分なのだが。
この方にまつわるエピソードは枚挙に暇がないが、実際に目の当たりに出来たことは、今に
なってみると天佑とさえ言ってよい幸運であったと思う。

他にもたくさんおられるが、うちのラグビー部のOBさんたちの持つゆるさのグルーヴたるや、
面白さの梁山泊に例えてはばからない。心から尊敬している。
思えば、こういったすばらしい人たちにめぐり合えて、幸せな後輩ライフであったことよと改めて
思う。
そういたこともあり、おれっていまOBとしてどうなんだろう、と思わずにはおられないのだ。
だんだん支離滅裂になるが、THE BLUE HEARTS の曲の歌詞に
「愛することだけ考えて それでも誰かを傷つける そんなあなたが大好きだ そんな友達が
欲しかった」
てなものがある。
自分の中では、それがゆるさを求める入口である。「だから、ゆるい人になろう」と。
そうなるに至った流れを話すといつまでたっても記事が終わらなくなるので端折るが、初めて
聞いた時中学生だった自分は「あ~、そう、そうなんだよ。」とじんわり涙腺がゆるんでいたことを
白状しておく。
そしてその「あ~、そうなんだよ。」が今に至るも続いていることも白状しておく。成長しろ!ええ加減!!

とにかく。
好かれる好かれないの問題でなく、自分は年長者としてオモチロイ人になれているのかな、と
いう妙な不安がよぎることがある、こんなこと考えてる時点でうっとうしいことこの上ないが。

そんな風に考えつつ、菩薩のマリエ女史の家で飲んでおった。ほしたら、酔った。
もうこれ以上飲むとややこしい酔いどれと化すな、という自覚がぐるぐる揺らぎだした理性の
片隅に幸運にも生まれたので、お暇することにした。
さよならするときに見たマリエ女史の顔は、確かに菩薩のようであった。奈良興福寺の月光菩薩に
似てるかな、とふと思った。

えらいたらたらと自己弁護に終始してしまった、しかも「ゆるさって何?」という問にまったく答えて
いないぞ。酔っ払って書いたような記事になったが、しらふです。ああ、なんかまた恥ずかしい
ものを書いてしまったような気がする。