2010年5月2日日曜日

ゆるいおっさんになりたくて2

前回、ゆるいおっさんになりたいと書いた。理由はなぜか。
またそうすることでどうして後輩と良い関係を築く事ができるなどと自分は思ってけつかるのか。
いや、理由は単純、自分が接し、この人は、と思う先輩がみなゆるい人たちだからだ。
厳密に言うと、良い意味で、ある部分においてとんでもなくゆるい面を持つ方々ばかりだった
からだ。
要するに、オモチロイのである。繰り返すが、良い意味で。
社会人としてしっかり生活しつつも、たまにこちらがおったまげるような姿を見せてくださる人々。
ご本人は、マジメである。
自分は、そういう人が大好きだ。
そういう人に自分もなりたいと思うのだが、かえりみるに、自分はいかにも中途半端に思え
仕方ない。
いまだ社会人としてどうかという所も甚だおぼつかぬ。なにより、ゆるいふりをしようとしている
自分にてれ臭さを感じてしまっている。これは演じるものではないのだ。
にじみでて魅力に醸し出されるもの、とでも言うのか。そう、酒に似てるかもな。
愛嬌、と言うとかわいいが、それにも似ているだろう。

いわゆる天然とはまた違うだろう。(自分は天然というのは本能的、あるいは無意識的な
「処世術」ではなかろうかと考えている。自己防衛本能の一つのような気もしている。)
かつまた、「ゆるキャラ」などとはまったく趣を異にするものである。
ただ、ここまで言いながら自分の中でも、ゆるさの定義、というものがいまだはっきりして
いないのが現状である。
じゃあ一体なんだんねん。

人に例えてみよう。

学生時代、ヒッチさんに伺った話。
かつて、四条河原町をヒッチさんとセンパイと二人で歩いておられたそうな。
隣を歩く先輩、なぜか殺気のみなぎった眼ですれ違う人を一々ねめつけはる。たまらず
ヒッチさんは尋ねた。
「なんでそんなに周りをにらんではるんですか?」
答えていわく。
「いやな、いつでもタックルにいけるようにすれ違う人でイメトレしてんねん。」
若き日のヤスイさんのお姿。
おそらくこの時分は、ヤスイさん渾身これ楕円形、顕微鏡で見る体細胞はことごとく
ラグビーボールの形であったことだろう。
これ、ゆるさと呼ばずなんとする。
また。
当時北星寮という下宿に住んでいた自分の部屋、夜中の一時ごろに電話があった(携帯電話
など持っていない)。
ワカさんから「ちょっと来えへん?」
そのころ自分はワカさんをよく知らなかったので、「強面のOBさんから呼び出された。」と
おっかなびっくりであった、しかも深夜の一時に突然である。ナカノ君もいた。おじゃましま~すと
上がらせてもらうと。
「うどん食べへん?」
讃岐は香川出身のワカさん、実家から送られたうどんを腹いっぱいいただいた、めちゃくちゃ
うまかった。男三人でうどんを手繰り上げ、ほんまにそれだけで帰った。
ワカさんはお酒をたしなまれないので、食後のお茶を頂いた後、「じゃ。」と終わったものである。
帰り道、ナカノ君と妙にぼーっとしつつ「何だったんだろう・・・。」と話しつつ帰った深夜二時半。
いいなあ、ゆるい。
そして。
自分が一・二回生のころ、二回だけOB戦に来てくださった(数を覚えているのは印象が強烈
すぎて忘れられないからだ)、ニシカワさん。
試合後のコンパ、体育館の前で、酔いもしないのにもろ肌脱ぎになってフリ付きで歌われた
「ドラゴンズ数え歌」。
「も~えよドラゴンズぅ~、いちばん!」
のこの歌をご記憶の方もたくさんおられるはずであると思う。どうしておられるのか気になる
自分なのだが。
この方にまつわるエピソードは枚挙に暇がないが、実際に目の当たりに出来たことは、今に
なってみると天佑とさえ言ってよい幸運であったと思う。

他にもたくさんおられるが、うちのラグビー部のOBさんたちの持つゆるさのグルーヴたるや、
面白さの梁山泊に例えてはばからない。心から尊敬している。
思えば、こういったすばらしい人たちにめぐり合えて、幸せな後輩ライフであったことよと改めて
思う。
そういたこともあり、おれっていまOBとしてどうなんだろう、と思わずにはおられないのだ。
だんだん支離滅裂になるが、THE BLUE HEARTS の曲の歌詞に
「愛することだけ考えて それでも誰かを傷つける そんなあなたが大好きだ そんな友達が
欲しかった」
てなものがある。
自分の中では、それがゆるさを求める入口である。「だから、ゆるい人になろう」と。
そうなるに至った流れを話すといつまでたっても記事が終わらなくなるので端折るが、初めて
聞いた時中学生だった自分は「あ~、そう、そうなんだよ。」とじんわり涙腺がゆるんでいたことを
白状しておく。
そしてその「あ~、そうなんだよ。」が今に至るも続いていることも白状しておく。成長しろ!ええ加減!!

とにかく。
好かれる好かれないの問題でなく、自分は年長者としてオモチロイ人になれているのかな、と
いう妙な不安がよぎることがある、こんなこと考えてる時点でうっとうしいことこの上ないが。

そんな風に考えつつ、菩薩のマリエ女史の家で飲んでおった。ほしたら、酔った。
もうこれ以上飲むとややこしい酔いどれと化すな、という自覚がぐるぐる揺らぎだした理性の
片隅に幸運にも生まれたので、お暇することにした。
さよならするときに見たマリエ女史の顔は、確かに菩薩のようであった。奈良興福寺の月光菩薩に
似てるかな、とふと思った。

えらいたらたらと自己弁護に終始してしまった、しかも「ゆるさって何?」という問にまったく答えて
いないぞ。酔っ払って書いたような記事になったが、しらふです。ああ、なんかまた恥ずかしい
ものを書いてしまったような気がする。

2010年4月22日木曜日

ゆるいおっさんたるべく

ありがたいことであるなあ、と感謝の気持ちにたえない。

先日お声掛けいただき、後輩たちの飲み会に寄せていただいた。
うれしくなってのこのこ出て行った自分である。
後輩OG、「菩薩」の異名をとるマリエ女史にお誘いいただいたわけで。

菩薩のマリエ、なんていうと仁侠映画を思い出してしまう。
サラシ一枚方肌脱ぎで、博徒の集まる賭場の中、「よござんすね?」と見栄を一閃、丁半切った
張った、サイコロふるふるやくざ渡世の女一匹、背中にゃ菩薩の刺青を、なんの因果か若気の
至り・・・なんてな劇画タッチのイメージなのだが、さにあらず、本人ひかえめな優しい方である。
 しかし、自分がマリエ女史の家にお邪魔したときにはすでに何人か集まっていたが、上がらせて
いただくとき、とりあえず心の中で「おひけえなすって!」と仁義を切っておいた。
部屋の奥には月代もぼうぼうたる博徒たちがたむろい、そのまた奥には畳のうず高く積んで
ある上にマリエの姉御がどっかりと座って・・・あまり妄想をたくましくしてはいけませんね。
ごく普通のお家でありました。

閑話休題。
前も書いたかもしれないが、ええかげん自分も年をとり、若者の中でわいわいきゃいきゃい
はしゃいでいてはいけない歳になっとるんちゃうかと反省することしきりの今日このごろ。
そういった若い集まりにいつまで出席していいものかっ!と悩む。左様さ、今回も多少悩んだ。
しかし、呼んでいただいたのを分別顔でお断りするキャラクターで自分はない。なおかつ
和気藹々の飲み会が自分は大好きなのである。どうしよう!
 んで、結局行くことにした。おれも懲りねーなーと阪急電車の中で苦笑いしつつ。

案の定、最終的に15人ほど集まったメンバーの中、自分が最年長という状態になって
しまっていた。んがっ!
新入部員のプレーヤー(1浪)も1人いて、彼と自分の年齢差が数えで15年の隔たりがあると
いうことを知り、頭がくらくらした。
自分が中三の時に、彼はこの娑婆に生れ落ちたわけだ。15年つったらあんた、結構なひらきで、
言葉や考え方、いやさ文化自体違うはず、ちょっと心配になった。だいじょぶかオレは?

されどもわざわざ飲み会の場で悩んでいてもしょうがないので、開き直って楽しく飲んだ。
ただ、自分は酔っ払うと周囲の人に説教をたれるという悪癖を持つので、それだけはすまいぞと
自分にいいきかせつつ杯を傾けた。
まあ基本的に自分はアダルトチルドレンなので(いや、精神幼児というべきか)、酔えばそういう
場所に抵抗は覚えない。一夜明け、あー楽しかった。の心境なのである。

「やじ馬」という耳の痛い言葉がある。
うるさいお邪魔虫というニュアンスもはらむ。なんでもおやじの「お(御)」という尊敬の接頭語を
取っ払ってただの「やじ」にしてしまったうえで、なおかつ馬と呼び捨てるということで成立したもの
らしいが、まことにいまいましさあふれる言葉というほかない。
そう呼ばれるようになったらいやだなあ、おしまいだなあと心配になるのだ。
だったらそういった場所に顔を出さんければよい話なのだが、なかなかそうも割り切れない
未練屋の自分である。楽しい場所には居たいではないか。
だがまた世阿弥の「風姿花伝」にも、歳をとれば出しゃばらず、一歩引くしか道はなし、みたいな
話しがある。なるほどなと思うのだ。じゃあ、もう引いていくしかないか。
しかし待て、こうもある。「歳相応のやりかたでみせるなら、それにふさわしき花もある」と。
要するに分を守っていけと言うことで、逆に言えばそれが出来ていればえんえんコンパに顔を
出していても邪魔にはならんということか。えらい都合のいい解釈かもな。

しかしそこでおのずと見えてくるものがあった。最近自分はそうやって生きて行こうかななどと
思っているかたちと一致する部分もある。
なのだが、それは
「ゆるいおっさん」になる、ということだ。なんじゃそら。

長くなるので続く。以下次号。

そして告知。
東京にてグループ展いたします。












2010年4月6日火曜日

つれづれなる日々に

ちと、この三ヶ月ほど、忙しいというか、しんんどかったので、不思議なものでキーをたたいて
記事を書く気になれなかった。追い詰められると他の道で発散したくなるものだが、はけ口に
向かう気力も失せてしまう有様だったので。

そんな中、つらつら思っていたことなど。

こないだのOB戦に行けなかった。
自分としてもやる気満々だったのだが、いかんともしがたい私事・家事都合・パーソナルだか
プライベートな理由で足を運べなかった。
しょうがないけど憤懣やるかたなし、夜に一人走りました。

ラグビー的な活動もであるからしてできておらず、観戦もままならぬ。モニターでの観戦も
よいが、やっぱりラグビー場に足を運びたい。花園なんぞで「ラガーまん」をほおばりながら、
トップリーグを観たいものだ。
そういえば、かつて花園での神戸製鋼の試合を見に行った時、現オーストラリア代表・ワラビーズ
のキャプテン、スターリング・モートロック選手にばったり会ったことがあった。
なぜかサブスタンドの方にいて、遠目に見ても不自然に巨大なシルエットが座っているので、よく
見ればモートロック。
「んがっ!モモモモートロック!!」
周囲の観客は全く気付いていない(気付けよラガーファンなら!)様子で、氏も私服でリラックスな
御按配、即話しかけた。

「卒時ながら、御貴殿は、ミスター・モートロックでは?」
「オ・オウイェ~。」
「かようなところに御出座されたる理由やホワイ?」
「イットイズ観光。」
「あ、握手してください。」

ぶしつけな自分に物腰もやわらかく笑顔で答えてくれた。
どうやらそのころ神戸製鋼への移籍の話しがあり、交渉がてらに家族旅行だったらしい。
飾らぬ性格で、テレビインタビューにバナナをほおばりながら答えるようなところのあるモ氏、
かなり嬉しかった。

しかし、190センチを超える体躯で、なおかつそれがガチガチに鍛えられているわけだが、そんな
人を目の当たりにすると。
「遠近感が変になる」。
ロード・オブ・ザ・リングの映画の中で、ホビットと人間が並んで歩くあの変なスケール感とでも
言おうか。
妙にでかいのだ。
オーラ、というのはそういうものなのか。






そういやこれも以前の話だが、フランス外人部隊に所属する韓国籍の現役兵士と同席したことが
あり、その人も妙なボリューム感を発していた。180センチほどで、優しい語り口の方だったが、
「あ、この人に逆らったら殺される。」
と背筋が寒くなったことがある。道端でばったり野生の虎に会ったとしたら。
そんなときに感じるプリミティヴな恐怖だったかと今になって思うのだ。

話が取りとめもなくなってきたからこの辺にしたいが、こうしとこう。
なにせ、ラグビーがしたい今日この頃なのである。

写真は、そのときのモーとロック氏である。
そしてちょっと気になって調べたら、自分、前にもほとんど同じ記事を書いておった。
いかん、ぼけている・・・。