2019年5月29日水曜日

肯定される暴力・絶望の図式

めっちゃひさしぶり。
このページを用意してくれたOGシラハタさんにもうしわけござらん。
また書くぜ。

ここ数日で両極端にある暴力をみた。
肯定される暴力と、否定されるべき暴力と。

前者はもちろん五芸ラグビーで、後者は不謹慎かもしれんが、つい
先に起きた、通り魔事件。
不幸にも被害あわれた皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
子のある親として、教育の仕事に携わる者のはしくれとして、
やり切れない思いにたえません。

ラグビーは、ルールがあるとはいえまったくもって暴力的なスポーツ
である。ご存知のように体をひしぐほどにぶつけ、息も止まれよと
タックルに走り、あのポイントに踏みにじられても文句も言えない。

なぜだ。

それは我々が変態で・・・いやそうではなく・・・そうでないこともないが、
つまりなんだ、トライを目指して前に進むからだ。
苦痛や犠牲の末に得られるかもしれない、漠然とした喜びを
希求しているからである。
勝利への希望、トライこそ、痛みや理不尽な疲れを肯定できる
明確な目標、光といってもいいと思う。
徹頭徹尾ポジティブな方向に我々プレーヤーは走り続けている。

光を指向する暴力。それがラグビーの一面ではある。

対して、物理的なエネルギーは同様なものながら、犯罪における
それはどうか。

2017年12月5日火曜日

勝つということ

決着の際の頭の位置、より標高の上のものこそが勝利者

世界最強の生物、範馬勇次郎(漫画・グラップラー刃牙より)
のことばである。
一理ある。
それでいうなら、前回の日本代表対フランス代表の
テストマッチは、確かに日本代表の勝ちだったろう。
なぜならノーサイド後の両チームの様子はまさにそれだった。
フランス代表メンバーはみな「頭の標高が低かった」のだ。
しゃがみこんでいたり、うなだれていたりで。
それがすべてを物語っていたよね~。

引き分けに終わったのなら、なおさらである。ジャパンは
勝ったのだ。
ここ何回かのテストマッチ、日本代表の歴史が塗り替え
られる試合が続いたような気がする。
画面の前で声を上げてしまった。
ただ、これは今までの積み重ねがあったからであって、
ヘッドコーチがジョセフ氏になったからではない。もちろん。
故・平尾誠二氏がHCになったとき、いや、もっと前からの
つながりがあってこそなのだと思う。
平尾ジャパンの時のパシフィックリム選手権で、トンガ、サモア
にそれぞれ初勝利して優勝し(1999年)、その前年アルゼンチン
にも勝っている。劇的だった。
特に上記のサモア戦、勝利を決めるトライをしたのは、
現在のジャパンHCジェイミー・ジョセフその人だったなあ。
自分は引退した年で、やはり画面を見ながら声を上げていた。
勝つための準備、積み重ねがあったからこそ、今、フランス
の頭をして標高を下げさしめたのである。

勝つことに慣れてくれば、勝ち続けられる。
逆もしかり、負け慣れてしまうと、勝てない。

これは現役のころ、四芸前の試合で、あるOBさんが円陣で
言われた言葉で、今でも覚えているものの一つだ。
勝つには、それに慣れなければいけない。
負けから勝ちに移行するまでに、ある壁を越えないと、
勝つことの味がわからない。勝つことの意味、と言っても
よいかもしれない。
実際プレーするとこの言葉の意味は本当によくわかる。
だから、勝利の味を実感する力の付いたチームは強くなるの
であって、日本代表はそうなってきたのであろう。

勝つことの解釈におけるもう一つの言葉。

決着の後の頭の標高差にやや異なる見解を示すならば、
それに加えて殺すも自由、生かすも自由、生殺与奪の権を
先に手にした者、それが動かぬ勝利者。
by本部以蔵(漫画・刃牙道より)

殺したらあかんな。





2016年8月1日月曜日

アリ、そしてフォアマン

高校生の終わりだか、大学生のはじめだかに録画したVHSを、
いまだに時々見る。DVDではない。ビデオテープだ。
もう、20年前の録画映像である。



NHKスペシャル「奪還~ジョージ・フォアマン45歳の挑戦~」。
ノンフィクションライター、沢木耕太郎が構成・脚本・出演の
ドキュメント映像だ。
なぜ録画したのか、今では覚えていない。
しかし、何度見ても飽きない。

ボクサー、ジョージ・フォアマンって知ってはる?
現役時「象をも倒す」と言われたハードパンチャーである。
24歳で統一世界ヘビー級王座につき、1974年25歳で
「キンシャサの奇跡」で有名な対モハメド・アリ戦で王座陥落。
1977年、28歳で引退、牧師になる。
1987年、38歳でカムバック、1994年、45歳(!)でWBA・IBF
世界ヘビー級王座奪還(歴代最高年齢)。

映像は、1994年の王座奪還への過程を記録したものだ。
フォアマンはカムバックの理由を
「いろいろあるが、簡単に言うと M・O・N・E・Y さ。」
としている。が。
沢木耕太郎はこう言っている(ナレーションは小林薫)。
「彼の戦いは、20年前、モハメド・アリに敗れたキンシャサでの
夜、アリによってバラバラにされた、自身の自我を組みなおす
ための戦いなのではないか。」

「キンシャサの奇跡」での試合、25歳のフォアマンに対し、アリは
全盛をとうに過ぎた32歳だった。ベトナム戦争への徴兵を拒否
したアリは、王座をはく奪され、もっとも脂ののった数年間をふいに
することを余儀なくされての再挑戦だった。
フォアマン圧倒的有利で始まった試合は、7ラウンドまで
一方的にフォアマンが攻め、アリはロープ際で打たれ続けた。
だが耐えに耐えた第8ラウンド、アリは疲れの出たフォアマンを
KOする。
王座を取り戻したアリ、その後引退に追い込まれたフォアマン。

なぜ、アリは8ラウンドまで耐えきることができたのか。
なぜ、フォアマンは再びリングに立ったのか。

これがこのドキュメントの柱として話は進んでいく。

フォアマンはこう述懐する。
「あの時、アリには私のパンチに耐えるだけの理由があった。
リングで死んでもいい理由があったのさ。しかし、私には
それがなかった。
そして彼は、私のエゴを粉々に打ち砕いた。
私は、アリに、ボクサーとしてだけでなく、人間として敗北した
のだ。」

一方のアリは、試合後こうコメントしていた。
「私が負けることは、世界中でしいたげられている人たちに
とっての敗北を意味していた。だから、負けるわけには
いかなかった。」と
それに対して沢木は言う。
「これは、アリの一方的な思い込みである。しかし、その
思い込みでフォアマンの殺人的パンチに耐えきることができ、
打ち勝つことができたとするなら、キンシャサの奇跡は、
それはすなわち、壮大な精神の作り出した虚構が、
絶対的な肉体に打ち勝った瞬間だったのではないか。」

言葉としては出てこないが、映像を見ていると、フォアマンが
自らその瞬間を作り出し、今度は自分が精神の力で相手に
勝つ奇跡を再現しようとしているように思えてくる。
それは確かに、アリによって粉々にされた自我を再び取り戻すため
には、そうするほかないのだというように見える。フォアマンは
牧師になってからの20年間でも、それを取り戻すことは
できなかったのだ。

そして、そのとき45歳のフォアマンが挑戦したチャンピオンは、
なんと26歳という若さの選手(マイケル・モーラー)だった。
年齢差19歳。親子喧嘩ではない。
しかもこのモーラー、奇しくも、「キンシャサの奇跡」でアリに
敗れた時のフォアマンと、ほとんど同年齢なのである。
劇的、という駒がこれでもかとそろっていくのだ。